コラム

「生き生きとした個人」は許せない? なぜ中国は「メンタル面」を軽視するのか

2022年05月30日(月)17時30分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)
パイロット

©2022 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<乗客乗員132人全員が死亡した3月の中国東方航空機事故は、パイロットによる「意図的墜落」の可能性が浮上。政府の「政治第一」という考え方では、これからも似たような事件は続出する>

人間の精神状態は徹底的に無視される。無謀な「ゼロコロナ政策」によるロックダウンで、精神的なダメージを受けた北京と上海の市民が何よりの証人だ。このままでは、似たような事件が中国で続出するだろう。

5月18日、米ウォール・ストリート・ジャーナル紙が衝撃的な記事を公開した。3月21日に墜落し、乗客乗員132人全員が死亡した昆明発広州行きの中国東方航空機のブラックボックスを米当局が調べたところ、コックピット内の意図的な操作が事故原因の可能性があるという内容だ。

この事故について、中国政府はいまだに情報を封鎖している(一連の隠蔽工作がかえって米紙報道の信憑性を高めているのが皮肉だが)。一方で、今回の事故の背景には航空業界のずさんな管理や不公平があるのではないかと疑われている。

事故機の楊鴻達(ヤン・ホンター)機長は32歳で、飛行時間はたった6709時間。これに対し、59歳の副操縦士・張正平(チャン・チョンピン)は40年のキャリアを持つベテランで、飛行時間は3万1769時間。航空当局の「勲功飛行士賞」も受賞し、中国民間航空業界のカリスマとして楊機長を含む100人以上の後輩を指導した大ベテランだった。

なぜ業界トップレベルのベテラン操縦士が、かつての教え子より下の副操縦士のポストしか与えられないのか。

中国政府の情報封鎖で詳細は不明だが、この事故は2020年に貴州省で起きた路線バス転落事件を連想させた。

張というバスの運転手は事件前に新型コロナによる経営難を理由に大幅賃下げされ、事件当日は実家の家屋が地元政府に強制解体された。訴え出る場がない張運転手は社会に絶望し、満員の乗客が乗った路線バスを湖に転落させ、21人が死亡した。

巻き添え自殺による復讐で、ニュースにならないものはもっと多い。今年の3月、青海省海北チベット族自治州で1台の大型トラックが大通りそばの警察施設に突入して7人が死亡する大惨事が起きた。ネットで動画が公開されたが、中国メディアは交通事故としか報じず、次第に人々の記憶から薄れた。

中国で法律は頼りにならない。政府の「政治第一」という大局観は、生き生きとした個人を国家という機械に服従するネジに変える。人間の精神状態は徹底的に無視される。無謀な「ゼロコロナ政策」によるロックダウンで、精神的なダメージを受けた北京と上海の市民が何よりの証人だ。このままでは、似たような事件が中国で続出するだろう。

ポイント

■中国東方航空
中国三大エアラインの1つ。1988年に分割・解体された中国民用航空総局の上海管理局が母体。保有機体数は約600機。89年と93年、2004年にも死亡事故を起こした。

■中国の自殺者
全世界の毎年の自殺者数80万人のうち、中国は21万人のインドに次ぐ13万人を占める(WHO、2016年)。人口10万人当たりの死亡率は9.7人。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、米中貿易巡る懸念が緩和

ビジネス

米国株式市場=大幅反発、米中貿易戦争巡る懸念和らぐ

ビジネス

米国株式市場=大幅反発、米中貿易戦争巡る懸念和らぐ

ビジネス

米労働市場にリスク、一段の利下げ正当化=フィラデル
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 3
    車道を一人「さまよう男児」、発見した運転手の「勇敢な行動」の一部始終...「ヒーロー」とネット称賛
  • 4
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃を…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 7
    連立離脱の公明党が高市自民党に感じた「かつてない…
  • 8
    1歳の息子の様子が「何かおかしい...」 母親が動画を…
  • 9
    ウィリアムとキャサリン、結婚前の「最高すぎる関係…
  • 10
    あなたの言葉遣い、「AI語」になっていませんか?...…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル賞の部門はどれ?
  • 4
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 9
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 10
    トイレ練習中の2歳の娘が「被疑者」に...検察官の女…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
  • 10
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story