コラム

偽発明をホメた中国の市委書記の皮算用

2019年06月14日(金)16時10分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)

Falling for Fake Inventions / (c)2019 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<中国のリーダーは常識や学識より後ろ盾と人脈、忠誠心で決まる>

「水だけで走れる車が完成。世界初! 市委書記に褒められた!」。連日、米中貿易戦争の記事で埋め尽くされている中国のSNS上で急にこんなニュースが現れた。発信元は南陽日報という河南省南陽市の地方紙。ガソリンも充電も一切不要、水だけで500キロ以上続けて走行できる。あまりに画期的なので、発明者の工場は既に地方政府から40億元(約625億円)の出資を受けた。

水素をエネルギーとする水素自動車は存在するが、水をどうやってエネルギーに変換して自動車を走らせるのか大きな疑問だ。常識から考えてあり得ないから、また政府の資金を狙う偽発明のペテンではないかと、みんな疑った。

ペテンの被害者というと個人や弱者を連想するが、中国の場合、強い立場の政府も被害者になる。最も有名な例は、80年代の「水変油(水がガソリンになる)」事件だ。

王洪成(ワン・ホンチョン)という人物が、少量のガソリンとある化学物質をわずかだけ水に投入すると水がエネルギーに転換され、車を走らせることができると発表。各地方政府や300社以上の企業から資金を手に入れ、中国の官製メディアも火薬、紙、羅針盤、印刷に続く中国5番目の偉大な発明だと大きく報じた。この偽発明は約10年後にやっと嘘がばれて、王洪成は96年に逮捕され、98年に懲役10年の判決を受けた。

20年が過ぎた今、また似たような人物が現れ、政府から多額の出資金をせしめた。明らかに偽発明なのに、なぜ同じ轍を踏むのか。南陽市委書記は市のトップなのに、なぜこの明白な偽発明に拍手を送るのか。常識がないのか。

そのとおりだ。中国のリーダーは常識や学識より後ろ盾と人脈、最高指導者への忠誠心で決まる。だから南陽市委書記が明白な偽発明にだまされてもちっともおかしくない。特に今の中国はエネルギー不足問題が深刻化し、エネルギーに関するプロジェクトは政府に対して出資を要求もしやすい。万が一この「水で走れる車」が成功したら、疑いなく出世もできる。

もし失敗したら、自分は被害者面をして、20年前と同じように、その偽発明者を逮捕すればいい――それが地方のトップ官僚である市委書記の皮算用だろう。

【ポイント】
市委書記

中国は全ての政府機関が共産党委員会を設置。市レベルのトップは市委書記、省レベルは省委書記が務める。中国の全ての政府機関で党書記の権力は市長や省長より上。

王洪成
中国東北部生まれ。小学校を4年間でやめ、豚の飼育や木工作業員を経て黒竜江省で運転手に。84年の「水変油」に続き、「多用途エネルギー節約器」などの偽発明を次々発表した。

<本誌2019年6月18日号掲載>

20190618issue-cover200.jpg
※6月18日号(6月11日発売)は「名門・ジョージタウン大学:世界のエリートが学ぶ至高のリーダー論」特集。「全米最高の教授」の1人、サム・ポトリッキオが説く「勝ち残る指導者」の条件とは? 必読リーダー本16選、ポトリッキオ教授から日本人への提言も。


プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏の出生権主義見直し、地裁が再び差し止め 

ワールド

米国務長官、ASEAN地域の重要性強調 関税攻勢の

ワールド

英仏、核抑止力で「歴史的」連携 首脳が合意

ビジネス

米エヌビディア時価総額、終値ベースで4兆ドル突破
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 6
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 7
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 8
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 9
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 10
    昼寝中のはずが...モニターが映し出した赤ちゃんの「…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story