コラム

ますます許容されていく「監視」への違和感

2016年08月18日(木)18時45分

David Moir-REUTERS

<相模原市の障害者施設で起きた殺傷事件をきっかけに、措置入院患者の監視強化を求める風潮が高まっていることに違和感を覚える。権力側が「監視」を拡大することに私たちは無頓着すぎるのではないか>(写真はスコットランド・エジンバラ市内の監視モニター)

 相模原市の障害者施設で起きた殺傷事件を受け、その議論がたちまち容疑者の措置入院歴と監視強化の必要性に向かったのには違和感を覚えた。慎重に議論するべきだが、事件発生の原因を急いで一つに絞りたがるいつもの悪癖が稼働し、「○○が○○であれば防げたのではないか」という○○に答えを当てはめるための報道が積もっていった。

 言うまでもなく認められて然るべき数多の人権を侮辱する発言を吐き続けた男による許し難い犯行を受けて、自民党・山東昭子参議院議員が「人権という美名の下に犯罪が横行している」と発言し、「犯罪予告者にもGPSを埋め込むことを検討すべき」としたのには、事件の受け止め方としてこうも歪んだ解釈があるものかと呆れに呆れたのだが、ネットを散見すると(それが世の比率だとは思わないが)頷く意見も少なくないようで驚いてしまう。

 山東氏は自身のフェイスブックでも「再発防止に向けて、精神疾患のある措置入院の元患者に対しては、社会の監視を継続、場合によっては強化を考える時にきていると思わざるを得ません」と書き、「いずれにせよ私たちは誰もが安心して暮らせる社会、それぞれのハンディキャップを乗り越えて助け合う社会を目指していかねばなりません」と続けた。元患者への監視を強化すべきとする意向と、誰もが安心して暮らせる社会を目指すという宣言を並列できてしまうのは、彼女の「誰も」には「元患者」が含まれていないから、ということになる。自身の差別感情に気付けていないところが実に非道である。

 東京新聞が今月8日の社説に、退院要件の厳格化や退院後の監視強化を求める風潮に対して、「軽々な制度の見直しは、精神障害者は危ないという偏見や差別を助長する」「犯罪予防という保安処分の目的で精神医療を利用し、ましてや精神障害のない人を拘束するのは許されない」という、まったく当たり前のことを書いているが、この当たり前の主張を、それなりに踏み込んだ意見として読み終えてしまった。それほどまでに今件では、「あの人は、"普通の人より危なかった"からこういうことになった」という空気感が充満していたし、そして、それに皆が慣れてしまった。

 この事件に限らず、強まる監視にその都度疑問を呈するべきだ。

 先月行なわれた参院選挙の公示直前、大分県警が、野党候補を支援する労働組合が入る別府地区労働福祉会館の敷地内に監視カメラ2台を設置し、出入りする人たちを数日間にわたって撮影していたことが明らかになった。労働組合の関係者がカメラを発見し、別府署に相談したところ、実は自分たちが監視していたと告白したという。なんだか落語の小咄のような展開だが、少しも笑えない。

プロフィール

武田砂鉄

<Twitter:@takedasatetsu>
1982年生まれ。ライター。大学卒業後、出版社の書籍編集を経てフリーに。「cakes」「CINRA.NET」「SPA!」等多数の媒体で連載を持つ。その他、雑誌・ウェブ媒体への寄稿も多数。著書『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)で第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。新著に『芸能人寛容論:テレビの中のわだかまり』(青弓社刊)。(公式サイト:http://www.t-satetsu.com/

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アラスカでの石油・ガス開発、バイデン政権が制限 地

ビジネス

米国株から資金流出、過去2週間は22年末以来最大=

ビジネス

中国投資家、転換社債の購入拡大 割安感や転換権に注

ワールド

パキスタンで日本人乗った車に自爆攻撃、1人負傷 警
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 4

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 5

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 6

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 10

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story