コラム

イラクで再現される「アラブの春」

2019年11月06日(水)17時00分

最後に挙げられる特徴が、デモ隊の圧倒的な自由さだ。与野党かまわず、相手国かまわず自由に批判する、その政治的自由さの赤裸々な表現に加えて、デモ活動自体が実に自由気ままである。タハリール広場に寝泊まりしてそこを占拠するにとどまらず、広場に隣接する廃墟となった高層ビルの元トルコレストランを占拠し、旗と垂れ幕とポスターで、見事なモニュメントに変貌させてしまった。

sakai191106-iraq02.jpg

タハリール広場に隣接するビル IraqiRevolution/TWITTER

そしてそこに集う若者たちは、政治スローガンを叫ぶだけではない。踊る、歌う、時には恋人にプロポーズしたり、子供の誕生日パーティをしたりする。踊っているなかには、対峙していたはずの治安隊員が一緒になったりしている。

参加者の顔ぶれもまた、さまざまだ。なにより、女性の参加が多い。ある友人が送ってくれた写真には、「(20)19年革命のジャンヌダルク」というキャプションがつけられていた。

sakai191106-iraq04.jpg

デモの画像には「(20)19年革命のジャンヌダルク」というキャプションが

その姿からわかるように、参加者のなかに大学生はもちろん、中、高校生が多いのも驚きである。10月27、28日には市内各地の中・高校から集団で学生がデモに参加する様子が伝えられていたが、まるでピクニックのような高揚感が伝わってくる。その一方で、「インスタに挙げる写真を撮るためだけに、トゥクトゥク(東南アジア発祥の三輪タクシー)を使ってタハリールに来ないでね」と、参加者の「常識」を求める呼びかけがなされたりもする。

参加者が多いと、それぞれの得意分野に応じて役割分担が決まってくる。デモ隊に医療班や写真班がいるのにはさほど驚かないが、投げられた催涙弾をとっさに遠くに投げ返すという「ゴールキーパー」が活躍している。飛んできた催涙弾を投げ返すワザは、タイや香港のデモ隊でも見られたが、催涙弾でも心臓や頭を直撃すれば命に係わるからだ。また、「レーザーポインターチーム」というのがいるのだが、これは、治安部隊の夜間攻撃を妨害する光線を発射するチームだ(実際の映像は、映画『シン・ゴジラ』の内閣総辞職ビームそっくりである)。同様の目的のために、花火大会も開かれる。周辺のおばさんたちはデモ隊に食事の差し入れをするし、デモ隊は食べ終わったゴミをきちんと掃除して広場を綺麗に保っている。

sakai191106-iraq03.jpg

治安部隊を妨害する「レーザーポインターチーム」 IraqiRevolution/TWITTER

これは、どこかで見た光景だ。そう、8年前、エジプトのカイロ、同じくタハリール(解放)広場と名付けられた場所で、当時のムバーラク政権にノーを投げつけて結集したエジプト人の若者たちと同じである。エジプトの「アラブの春」は、2年間の「革命後」の時代を経て、再び軍事政権に戻ってしまった。だが、2011年1~2月にエジプト人のデモ隊たちが実践したことと掲げたスローガン(「民衆は政権の崩壊を望む」)は、今イラクで再び繰り返されている。

イラクだけではない。全く別の文脈、理由ではあるが、レバノンのベイルートでも今反政府デモが展開されている。今年5月には、スーダンで長年の独裁政権を倒したのも、民衆パワーだった。

エジプトやシリアが辿った道を見ても想像できるように、イラクでの「革命」も、容易には成功しないだろう。政権側は、力をもって抑えつける決意をするだろう。だが、間歇(かんけつ)的にではあっても、「春」を目指す若者の行動は、続く。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。
コラムアーカイブ(~2016年5月)はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ドバイの米オラクル施設に迎撃破片が落下、負傷者なし

ワールド

トランプ政権による大学への人種データ開示命令を仮差

ビジネス

アングル:トランプ関税で変わる米国のメニュー、国産

ワールド

米戦闘機2機、イランが撃墜 乗員2人救助・1人不明
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
2026年4月 7日号(3/31発売)

国際基準の情報開示や多様な認証制度──本当の「持続可能性」が問われる時代へ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始めた限界
  • 2
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐせ・ワースト1
  • 3
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引、インサイダー疑惑が市場に波紋
  • 4
    【銘柄】「三菱商事」の株価に高まる期待...ホルムズ…
  • 5
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅…
  • 6
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イ…
  • 7
    血圧やコレステロール値より重要?死亡リスクを予測…
  • 8
    中国は「アカデミズムの支配」を狙っている? 学術誌…
  • 9
    イラン戦争は「ハルマゲドンの前兆」か? トランプ…
  • 10
    60年前に根絶した「肉食バエ」が再びアメリカに迫る.…
  • 1
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 2
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が育んだ「国民意識の違い」とは?
  • 3
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引、インサイダー疑惑が市場に波紋
  • 4
    記憶を定着させるのに年齢は関係ない...記憶の定着度…
  • 5
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イ…
  • 6
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始め…
  • 7
    ロシア経済を支える重要な港、ウクライナのものと思…
  • 8
    オランウータンに「15分間ロックオン」された女性のS…
  • 9
    映画『8番出口』はアメリカでどう受け止められた?..…
  • 10
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 5
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 7
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 8
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story