コラム

日本の新政権が向き合うべき、安全保障の「ねじれ」というアキレス腱

2025年09月17日(水)14時30分

キッシンジャーの回顧録に詳細な記述がありますが、経済大国化した日本が中国を再度侵略するのではと恐れた毛沢東や周恩来に対して、ニクソン政権のアメリカは「日本の保守的な言動は人畜無害」だと説明しています。以降の歴代のアメリカの政権も、日本の安全保障論議が抱える「ねじれ」を理解し、受け止めてきました。

そのアメリカも、さすがに現職の首相が靖国神社に参拝するのには不快感を表明したことがあります。これは具体的に東アジアの舌戦がエスカレートすると、最終的にはアメリカの政治的あるいは軍事的負担が増すので仕方ないことです。ですが、それ以外の「日本国内の言動」については、保守派が真珠湾攻撃を正当化しても、米兵が犠牲になったヘリ事故にリベラルが激怒しても、とにかく寛容に受け止めてきたのでした。


ですが、今は時代が違ってきています。アメリカには、極端な孤立主義と自国中心主義が見られます。そのために、日本との同盟関係の見直しや、これまで寛容にスルーしてきた「ねじれ」の問題が、何かの事件を契機として同盟の根幹を揺るがすことになるかもしれません。この点に関しては、現在の共和党による保守政権にもその可能性はありますが、仮に近い将来に揺り戻しが起きて民主党の左派による軍縮や孤立志向が進んだ際のほうが、起こる可能性がより高いと考えられます。

自分たちが危険を冒して日本を守っているのに、犠牲の出たヘリの墜落事故に対して激怒という反応しか来ない、そして自分たちは、戦後の長い時間そのように低姿勢を保って駐留を続けてきた......。

もし有力政治家が米世論を焚きつけたら

自分たちが危険を冒して日本を守っているのに、日本の政治家はこともあろうに自分たちを騙し討ちにした真珠湾攻撃を正当化し、戦争犯罪を裁いた東京裁判を否定している。これはもう一度、自分たちに対して挑戦しようとしているのか。一体先人たちはどうして、こんな屈辱をスルーしてきたのか......。

もしもアメリカの有力な政治家から、アメリカの一般世論を焚きつけるようにしながら、この種の問題提起がされたら、日本の安全保障は一気に危機に陥ります。そして、何よりも東アジアの平和を破り、現状変更を志向する勢力を利することになります。

タイミングの問題としては、今なら、まだ辛うじて間に合うと思います。今すぐに、この「ねじれ」を一気に解消すべきとまでは言いません。新しい政権ができるのであれば、また連立の組み替えなどでより安定した政権を作るのであれば、同時に、この「ねじれ」を緩和するように言動を調整することはできると思います。

【関連記事】
「物価高対策と財政規律の間の最適解」──ポスト石破に求められる最重要課題
石破首相が退陣表明、後継の「ダークホース」は超意外なあの政治家

ニューズウィーク日本版 高市早苗研究
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月4日/11日号(10月28日発売)は「高市早苗研究」特集。課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら



プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

9月実質賃金1.4%減、9カ月連続マイナス 物価上

ワールド

プーチン氏、核実験再開の提案起草を指示 トランプ氏

ワールド

北朝鮮、米国が「敵視」と制裁に反発 相応の措置警告

ビジネス

リーブス英財務相、銀行を増税対象から除外へ=FT
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイロットが撮影した「幻想的な光景」がSNSで話題に
  • 4
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 5
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 6
    カナダ、インドからの留学申請74%を却下...大幅上昇…
  • 7
    もはや大卒に何の意味が? 借金して大学を出ても「商…
  • 8
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 9
    若いホホジロザメを捕食する「シャークハンター」シ…
  • 10
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story