コラム

日本の新政権が向き合うべき、安全保障の「ねじれ」というアキレス腱

2025年09月17日(水)14時30分

総裁選出馬へ最初に名乗りを上げたのは茂木敏光前幹事長(9月10日) Kazuki Oishi/Sipa USA/REUTERS 

<保守・リベラルがともに抱える安全保障観のねじれは、今後の米政権によっては同盟関係の不安定要因になりかねない>

自民党の総裁選が進行中です。今回は単に自公政権がポスト石破を選ぶというだけでなく、もしかしたら野党から連立への新たな参加や、連立の組み替えを伴うかもしれません。仮の話ですが、そのような変化が起きるのであれば、今こそ、日本の安全保障における根本的な弱点、いわばアキレス腱について議論するタイミングだと思います。

まず、大きく分けて日本の安全保障論議には、一本の対立軸があります。前世紀的な言い方であれば「保守と革新」、現在の言い方であれば「保守とリベラル」ですが、その対立軸のあり方は変わっていません。


まず、保守の側ですが、実際の行動としては日米同盟を維持し強化するように動いています。安倍政権は安保法制を整備し、集団的自衛権の行使へと事実上の解釈改憲を行いました。更に岸田政権は防衛費の大幅拡大に進み、石破政権は関税協定に巨額投資を絡ませる譲歩を行いましたが、これも同盟を維持しようとの必死の思いを込めた行動です。

ところが、その保守の側は理念としては、アメリカとの戦後和平に従順ではありません。占領期に成立した憲法の改正を党是として掲げるだけでなく、党内保守派は戦犯合祀後も、靖国神社に政治的立場の表明として参拝しています。これでは、東京裁判による「和平の手打ち」と、サンフランシスコ講和の精神に挑戦していると言われても弁解が難しいと思います。

リベラルは平和思想を掲げているが......

一方で、リベラルとされる側は、占領期にアメリカとの共同作業として成立した憲法を重視し、その改正に反対している一方で、アメリカとの軍事同盟の強化を、むしろ危険を増大させるものだとして反対しています。このグループの在日米軍への態度は冷たく、時には居丈高でもあります。

さらに言えば、彼らは、理念的に高邁な平和思想を掲げ、国内的には弱者の人権や言論の自由を徹底するリベラルな社会を求めているわけです。ですが、その反面、巨大すぎて統制的な国家経営をせざるを得ない国や、こともあろうに隣国に軍事侵攻して非戦闘民の殺害を厭わない国の体制を、むしろ支持するような勢力もリベラルの中にはあります。

では、どうして右も左もこのように「ねじれ」を抱えた態度や思想を長い年月掲げてきたのか、そして許されてきたのかというと、全体的には日米安保体制という「ビンの蓋」が機能していたからです。アメリカの提供していた「ビンの蓋」というのは、ある意味で極めて寛容でした。

例えば、日本の「保守」が東京裁判を否定しても、それはあくまで「人畜無害な国内論争専用の議論」だという理解がされていました。日本の「リベラル」があらゆる軍事的なものを否定して米軍の犠牲や努力を罵っても、それもまた「歴史的な経緯からくる国内論争専用の素朴な感想」だとして受け止めていたのでした。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

マスク氏資産、初の7000億ドル超え 巨額報酬認め

ワールド

米、3カ国高官会談を提案 ゼレンスキー氏「成果あれ

ワールド

ベネズエラ沖で2隻目の石油タンカー拿捕、米が全面封

ワールド

トランプ氏関連資料、司法省サイトから削除か エプス
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦い」...ドラマ化に漕ぎ着けるための「2つの秘策」とは?
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 6
    70%の大学生が「孤独」、問題は高齢者より深刻...物…
  • 7
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 8
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 9
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 10
    ウクライナ軍ドローン、クリミアのロシア空軍基地に…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story