コラム

日本企業の国内軽視が招いた1人当たりGDPの凋落

2024年12月25日(水)14時30分

日鉄のUSスチール買収については、アメリカ政府による政治的判断で却下されそうだなどと報じられています。まるで、日鉄が買えないと日本が困るような報道です。ですが、考えてみれば日鉄グループとしては、海外の生産拠点や販路を取り込むだけですから、これも日本のGDPにはほとんど関係はありません。

例えば飲料や食品メーカーは、日本国内の人口減少を前提に海外市場を開拓してきました。その中で、日本の企業がスコットランドの伝統的なウィスキー醸造所を買ったり、醤油の製造企業が大規模な海外生産を始めたりして既に長い年月が経っています。

また鉄道車両の製造企業が、海外の車両を受注するというのも増えてきました。経済新聞などでそうしたニュースを見ると、日本の読者は何となく誇らしい思いを抱くかもしれませんが、こうした話も日本のGDPとは関係ありません。

鉄道車両の場合は特に公益性が強いので、最先端の高速鉄道の一部を除いては基本的に受注の条件に現地生産が義務付けられるからです。そして鉄道車両にしても、醤油にしても、仮に海外の現地法人の収益から日本の本社がロイヤリティーを徴収するとしても、帳簿上の数字だけで、キャッシュは海外に再投資されることがほとんどです。また、仮に大きな利益が出て配当するにしても、株主の多くは海外ですから配当金の国内還流も部分的に過ぎません。


衰退トレンドが定着してしまった日本経済

もちろん、財界も経産省も「これでいい」とは思っていないと思います。また、財界としても、各企業が生き残るためにしてきたことではあるものの、「こんなはずではなかった」と思っているはずです。

1980年代後半からの40年近く、多くの日本企業はこうした現地生産や海外法人の買収を続けてきました。円高対策であり、現地の雇用を保証しないと市場に入れてもらえないからでしたが、こうした過度の空洞化を進めれば国内のGDPが失われることは分かっていたはずです。

ですが、結果的に国内のGDPは大きく損なわれ、韓国にも抜かれ、それでも怒ったり悔しがったりする声は限られています。そこには2つの要因があると思います。

1つは、製造業を海外に出した場合に、本来であれば国内はより付加価値の高い知的産業にシフトするべきです。ですが、日本の場合は分厚い言語の壁があり、文明の成り立ちや教育の方法が、グローバルな先進産業とはミスマッチを起こす中で、改革を先送りし続けました。その結果、国内経済においては衰退トレンドが定着したのだと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

GM、通期利益予想引き下げ 関税の影響最大50億ド

ビジネス

米、エアフォースワン暫定機の年内納入希望 L3ハリ

ビジネス

テスラ自動車販売台数、4月も仏・デンマークで大幅減

ワールド

英住宅ローン融資、3月は4年ぶり大幅増 優遇税制の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story