コラム

第2次世界大戦を防げなかった国際連盟の教訓とは

2022年04月06日(水)14時00分

今回の国連改革論議においても、この点をふまえた慎重で多角的な検討が必要と思います。今回は、キーウ郊外ブチャで行われた残虐行為に関して、ゼレンスキー大統領のオンラインによる抗議演説が安保理で行われました。こうした場合も、仮にロシアが安保理から追放もしくは脱退しているようですと、少なくとも安保理は、当事者を交えた外交の場としては成立しなくなるわけです。拒否権というのは、その意味で安保理を外交チャンネルとして維持する「知恵」でもあるのです。

同じような意味で、国連人権理事会におけるロシアの資格を停止する動きにも疑問があります。ロシアによる居直りや、事実の改ざんを目の前で行われるのは、極めて不愉快であることは認めます。ですが、当事者を批判する場をわざわざ無くして、欠席裁判だけの場にする姿勢は、これも国連という外交の場を機能不全にする懸念があると考えられるからです。

一方で、現在の国連改革の論議の中で、突っ込んだ議論が必要な点が他にあります。それは事務総長の人事です。初期の国連では、何よりも東西陣営による厳しい対決が続いていました。そんな中で、国連が機能するためには暗黙の了解として、国連総長には、「西側でも東側でもない中立国出身の外交官」から選出するという「知恵」が働いていました。

初代のリー(ノルウェー)、殉職した2代目のハマーショルド(スウェーデン)、3代目のウ・タント(ビルマ)、5代目のデクエヤル(ペルー)などがそうで、安保理の強大な権限を向こうに回して、粘り強い交渉を通じて国連の存在意義を守ってきた人々です。7代目のアナン(ガーナ)もそのカテゴリに入れていいでしょう。

事務総長の人選も重要

ですが、近年の人選には首をかしげることが多くなりました。例えば、8代目の潘基文(韓国)は、国連軍(PKF)が活動している紛争の当事国から選出されるという異常な人事となっています。これでは、その紛争に関する調停を国連は放棄したようなものです。

また現在のグテーレス(ポルトガル)は、ご本人が「タフなネゴシエーター」とは言えない人柄なこともありますが、EU加盟国という「偏った」出身であり、今回の危機においても実務的な調停能力は発揮できていません。

やはり創設時の精神に戻って、事務総長は、G7、上海機構、EU以外、できればG20以外で、なおかつ現在進行形の紛争当事国では「ない」国もしくは地域の出身とするのが良いと思います。

また、今後の事務総長選については、これまで以上に各候補の政策と人柄そして実績を幅広く公開して、国際世論による厳しい洗礼を受け、切磋琢磨された中で人選することができればと思います。タフであって、野心がなく、出身国の利害などに引っ張られない優秀な外交官を総長に選ぶ仕組み。これは国連改革の重要な柱になると思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

再送-北朝鮮、韓国が軍事境界線付近で警告射撃を行っ

ビジネス

ヤゲオ、芝浦電子へのTOB価格を7130円に再引き

ワールド

インテル、米政府による10%株式取得に合意=トラン

ワールド

焦点:中国、社会保険料の回避が違法に 雇用と中小企
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    「このクマ、絶対爆笑してる」水槽の前に立つ女の子、ホッキョクグマが取った「まさかの行動」にSNS大爆笑
  • 3
    3本足の「親友」を優しく見守る姿が泣ける!ラブラドール2匹の深い絆
  • 4
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 5
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 8
    一体なぜ? 66年前に死んだ「兄の遺体」が南極大陸で…
  • 9
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 10
    海上ヴィラで撮影中、スマホが夜の海に落下...女性が…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 6
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 7
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 8
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 9
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 10
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story