コラム

アジアで急成長するフィンテックと日本の役割

2018年03月20日(火)18時30分

その一方で、ブロックチェーン技術や、クリプトカレンシー(暗号通貨・仮想通貨)の部門では、日本の存在感はかなり大きなものがあります。

日本は先進国中で「規制が遅れた」ことと「若年層を中心としたリスク選好マネーが流入した」ことで、仮想通貨への投資が活性化し、交換所なども多く営業している現実があります。「コインチェック」による「NEM流出事件」というのは、そうした現状のなかで起こりました。

この事件に関して、例えばイベントに参加していた日本銀行フィンテックセンター長の河合祐子氏に対しては「中央銀行としての規制」をどうするのかといった質問が浴びせられていました。河合氏は一般論として必要な規制を行うという回答に終始していましたが、仮に日本が「有効な規制の枠組み」を提案できれば、それが国際標準になる可能性はあると考えられます。

この仮想通貨規制に関して、今回のイベントのラストを飾る基調講演を行った、シンガポール金融通貨庁(中央銀行に相当)のラビ・メノン長官は実に明快な方針を示していました。

メノン長官によれば、仮想通貨に関しては以下の3つの規制が必要だということです。
1)発行母体の財務健全度の開示
2)資金洗浄やテロ財源などの抑止
3)利用者の保護
つまり、「価格変動が大きいと通貨としては不適格」だという保守的な観点は盛り込まず、新技術を世界で活用するための規制はこの3点に絞るべきだという考え方です。

この「価格変動」の問題については、このイベントの多くの発言者が「電信送金で何日もかけて送金している間に為替レートが変動することを考えれば、仮想通貨の価格の上下は送金スピードで相殺できる」という指摘をしており、メノン長官はこの点を明言しなかったものの同様の考えに沿った発言とも考えられます。

実はシンガポールドルについては、「世界初の法定デジタル通貨」として、「仮想シンガポールドル」の発行に踏み切るのではないかという観測が流れています。メノン長官は、この点についても明言は避けましたが、ここまでハッキリとした「有効な規制に関するイメージ」を持っているからには相当な検討が進んでいるのだろうと感じさせました。

この仮想通貨規制、と言うよりも仮想通貨が有効に機能するために必要な「制度インフラ」については、国際社会ではまだ検討が始まったばかりです。日銀・金融庁もメノン長官の提言と同様の検討は進めているはずで、トランプ政権下でウロウロしているアメリカを横目に「国際標準のイニシアティブ」を日本が取れる可能性は十分にあるのではないでしょうか。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

FRB理事候補ミラン氏、政権からの利下げ圧力を否定

ワールド

ウクライナ安全保証、26カ国が部隊派遣確約 米国の

ビジネス

米ISM非製造業指数、8月は52.0に上昇 雇用は

ビジネス

米新規失業保険申請、予想以上に増加 労働市場の軟化
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...地球への衝突確率は? 監視と対策は十分か?
  • 2
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害」でも健康長寿な「100歳超えの人々」の秘密
  • 3
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 4
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 5
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 6
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 7
    世論が望まぬ「石破おろし」で盛り上がる自民党...次…
  • 8
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 9
    SNSで拡散されたトランプ死亡説、本人は完全否定する…
  • 10
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 10
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story