コラム

田母神俊雄氏のイスラエル訪問計画、3つの懸念

2014年08月07日(木)12時44分

 田母神俊雄氏(元自衛隊航空幕僚長)の支持グループが「イスラエル国防視察団」を編成し、同氏を「団長」として9月にイスラエルを訪問する企画をしているようです。

 その告知の文章によれば、趣旨としては「日本において、いよいよ集団的自衛権行使について閣議決定がなされました。中東では不安定な国々が争っていますが、その中でも三千年以上の流浪の民族が近年建国したイスラエルの国防に学ぶところが多々あると思います」ということです。

 ちなみに、募集人員は22~25人というのですが、本稿の時点で閲覧した募集のホームページでは4名しか応募がなく、最少催行人数に達していないので、視察自体が実現するかは分かりません。

 この「視察」ですが、日本が枢軸国として参戦した先の大戦の評価に関して肯定的である田母神氏が、ナチスドイツの被害者の代表団体とも言えるイスラエルを訪問するというのは、ある種「異なる立場同士の和解」になるわけです。その点だけは「興味深い」と申し上げますが、それ以外の点では全く賛成できません。

 3点、懸念を感じます。

 1つは、現在のイスラエルはガザの戦闘における民間人殺戮に関して、いかに自国の側では正当な防衛だという論理で団結していても、国際社会においては厳しい非難を受け、孤立しつつあります。この時期に「イスラエルの国防」を視察に行くというのは、その「孤立」に理解を示すことになるわけです。

 発表されている旅程表を見ますと、国防省を表敬訪問して空軍司令官と会見したり、元駐日大使、前駐日大使、元モサド長官などとの会見・会食がセットされているなど、民間外交の域を超えているようにも思えます。何と言っても時期が時期であるだけに、これでは、視察によって自分たちが得る利益より、相手の方が日本の世論に影響を与えることによって何らかの利益を考えていると批判されても仕方がありません。

 2点目は、イスラエルの国防に学ぶという姿勢そのものが、大変に疑わしいと思います。イスラエルというのは、建国の経緯において、その地に住んでいたパレスチナ人との根深い対立を抱えています。その結果として、残念ながら周囲との敵対をしながら、自身の生存を維持するという国防を続けているわけです。

 ですが、日本の場合は、周辺国との間には経済的・社会的な点で深刻な対立事項はありません。島嶼の帰属をめぐる国境問題はありますが、これも相互の内政上におけるナショナリズムの「はけ口」程度のものに過ぎません。歴史問題や領土問題で、周辺国と敵対することが国内的な求心力だという話はあっても、それ以上でも以下でもないのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:米中会談に気をもむ台湾、MAGA通じて支

ワールド

米国、駐韓大使代理を任命 トランプ氏訪問控え

ワールド

キルギス、国家ステーブルコイン導入 バイナンスと提

ワールド

米、国境の顔認識拡大 外国人の追跡強化
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水の支配」の日本で起こっていること
  • 3
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 4
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 5
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 6
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大シ…
  • 7
    「平均47秒」ヒトの集中力は過去20年で半減以下にな…
  • 8
    1700年続く発酵の知恵...秋バテに効く「あの飲み物」…
  • 9
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 10
    【テイラー・スウィフト】薄着なのに...黒タンクトッ…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 8
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 9
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 10
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story