コラム

ケネディ大使指名は、参院選へのオバマの「回答」?

2013年07月23日(火)10時32分

 参院選は、自民党の圧勝に終わりました。議席数としては、憲法改正発議は簡単にはできない水準ですが、法案を通すということでは21世紀に入ってからは無かったような絶対的な多数を確保したというのは事実だと思います。

 その辺のニュアンスを含めて、アメリカでは今回の日本での選挙結果はかなり詳しく報道されています。選挙結果が出たのは、アメリカの時間ではまだ日曜日の朝から昼という週末の時間帯でしたが、各紙とも「電子版」でしっかりと詳細な論評を掲げていました。1つには、大勢が固まったのが相当に早かったために、アメリカの各紙とも投開票日を待たずして「ゆっくり時間をかけての予定原稿」を用意していたということがあると思います。

 そのアメリカの報道ですが、3点に絞ることができると思います。1つには、アベノミクス初期段階への評価です。これは基本的には肯定的なものが多くなっています。大規模な流動性供給という政策は、他でもないアメリカのオバマ=バーナンキ体制が延々と続けているわけですし、欧州各国も同様です。ですから、基本的にはアベノミクス初期段階の円安誘導とか株高という「成果」については、「自分たちがやっていることの正しさ」を証明するものとして依然として歓迎という姿勢です。

 これに加えて、7月に入ってからは中国で地下銀行(シャドー・バンキング)破綻の気配があると報じられるなど、中国経済のスローダウンが心配になってきているわけです。これに代わるものとして、「長い間、低迷していた日本経済への期待」というものが高まっているのは、間違いない事実です。

 2点目は、日本の政治への期待です。長い間「ねじれ国会」による「決められない政治」が続くと同時に、1年ごとに首相が交代するという政局の不安定があったわけですが、それが解消するということについては、アメリカのメディアと政財界は基本的に歓迎する立場です。ただし、それが「本当の改革」、つまり生産性向上と財政規律改善という方向性に沿ったものになるのかは、今後非常に注目される点だと思います。

 3点目に関しては、その一方で大勝した「安倍自民党」が、イデオロギー的な主張が信任を受けたという思い込みから首相の靖国参拝などの行動に出て、対中国・韓国の首脳外交再開への条件整備に逆行するような動きになることには非常な警戒感を持って見ているように思います。

 憲法改正問題に関しては、アメリカの場合は「アーティクル9(憲法九条)」の改正は、日本側での防衛費負担増、すなわち米国側から見れば負担減に結びつくということで歓迎する向きが多かったのですが、ここへ来て保守イデオロギー色の強すぎる憲法になることは、東アジア各国の相互の関係改善にはマイナス要因という見方も広がっているように思われます。

 今回、参院選終盤の局面でやや唐突に明らかになった、キャロライン・ケネディ氏を駐日アメリカ大使にという人事の意味も、こうした観点から受け止めるべきと思います。

 このケネディ氏の駐日大使人事ですが、表面的には「名家の人間を大使とすることで、国際社会に対して日米関係重視の姿勢を見せる」という意図は明らかです。また、日本の世論に対しても、アメリカの世論に対しても、改めて「日米関係の重要性」を印象づけるという計算もあるでしょう。ですが、それだけではありません。その深層には2つのメッセージが秘められていると考えるべきでしょう。

 1つは、安倍政権に「女性の活躍できる社会へ」と更に改革を進めて欲しいというメッセージです。初の女性大使として、日本の各界における女性たちと幅広く懇談し、精神的なあるいは具体的な支援をしてゆく、そうした行動を通じて日本が変わっていって欲しいという意図があると思います。

 もう1つは、歴史認識における戦前の、つまり日独伊三国同盟による第二次世界大戦参戦に関して肯定的な価値観の復活は困るという強いメッセージです。ニューヨーク市のリベラル社交界の中心人物であり、他でもないジョン・F・ケネディの娘さんとして国民的な知名度のある彼女としては、日米関係を改めて、リベラルな自由と民主主義の価値観を共有するパートナー同士の外交というものに再定義することが期待されると思います。

 中国やロシアを露骨に敵視した「価値観外交」ではなく、ともすれば功利的な関係に流されがちな日米というものを、本来の自由と民主主義の尊重、「戦後の平和」を象徴する存在として原点に回帰する、そんなイメージでしょうか。

 とりわけ、いわゆる従軍慰安婦をめぐる河野談話の問題については、他でもないアメリカ東海岸のリベラル人脈の中のシンボル的な女性を日本に送り込むことで、「日本が孤立しかねない態度変更」を「絶対にやっては困る」という強いメッセージを送って来たと見ることができます。そこには、ニ国間関係のパートナーとして「橋下発言」のようなことも「絶対に困る」という含みもあると思います。

 ちなみに、このケネディ氏は博物館の顧問弁護士といった「静かな」キャリアを積んで来た人物であり、現職のルース大使のような「高度な政治的センスを持った大人」というイメージとは異なる人物です。ハッキリ言って、外交の経験どころか、まともな公職経験もゼロに近いわけです。そのことに多少の懸念を持つ向きも多いのです。ですが、そのような特別なキャラクターの女性をあえて米国の全権代表として日本に送り込むということには、オバマ大統領にも、ケリー国務長官にも相当な考えがあってのことと考えるべきと思います。

 ちなみに、ケネディ氏のアメリカ国内でのイメージということでは、日本の著名な女性を例に引いて多少強引な比較論をするとすれば、どんな感じになるでしょうか? 例えば、左派の児童文学研究家という意味では「落合恵子さん」であり、プライバシーが秘密のベールに包まれている超有名人ということでは「三浦百恵さん」であり、政治的な立場としては「小宮山洋子さん」あたり、ホンネ発言が飛び出しがちという意味では「田中眞紀子さん」であり、それに諸国の王室や日本の皇室のイメージに近い「ケネディ王朝」のカリスマが乗っかっているというような人物だと思います。そう考えると、やはりこれは異例な人事であると思います。

 いずれにしても、正式な発令には上院の承認が必要です。その際の質疑応答などについても、注目してみてゆく必要があると思われます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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