コラム

「不倫でクビ」CIA長官スキャンダルの奇々怪々

2012年11月14日(水)11時52分

 それにしても、CIA長官の不倫をFBIが秘密裏に捜査し、しかも大統領選当日まで一切が隠密行動、大統領にも議会の諜報委員長にも一切知らせていなかったというのは、奇々怪々な話です。とにかく、世界の諜報業界の頂点に君臨するCIA長官のスキャンダルということですから、今後の展開が大変に気になりますが、現時点では全く事件の表層しか分かりませんし、また日替わりで事態がどんどん進展するので追いかけるのが精一杯というところです。

 いずれにしても、今回はアメリカを震撼させている「不倫カップル」の双方がどんな人物であるかだけを紹介しようと思います。この2人を紹介するだけで、この事件の異様さはお分かりいただけると思うからです。

 まず、今回のスキャンダルでCIA長官を辞任したデービッド・ペトレアス氏と言えば、2000年代を代表するアメリカ軍の「英雄」とされていた人物です。イラク戦争とアフガン戦争という2つの戦争に「決着を」つけた前線指揮官であり、そのいずれも「サージ(増派)」で戦況と士気を好転させた後に、現地の治安部隊を育成して権限を移譲するという手法をブッシュ政権、オバマ政権に選択させた責任者です。

 いわば、泥沼化した2つの戦争に「込み入った手法ながらアメリカを出口へ誘導した」立役者というところがあり、アメリカでは大変な人気がありました。特にブッシュ政権の後半からオバマ政権の一期目の途中で軍を退役するまでは、戦況を巡る同氏の発言は、議会でもメディアでも一種「神聖視」されていたのです。

 例えば、今回の大統領選、あるいはその前哨戦とも言える共和党内の「予備選ディベート」で、アフガンからの米軍の撤退時期に関する論戦が何度も見られました。典型的なものは、この10月に行われた「今となっては過去となった」副大統領候補同士のTV討論でのやり取りです。ライアン候補は「アフガンでは敗走になるような撤兵はすべきではない」と述べたのですが、バイデン副大統領はこれを「軍の前線からの提言に基づく決定であり、覆すことはできない」と一蹴したのです。

 こうした「やり取り」というのは、ここ5~6年のアメリカ政界ではよく見られた論戦のパターンでした。「前線が要求しているから増派は必要」であるとか「前線が納得しているから撤兵の既定方針は変えない」というような応酬は、イラク戦争の末期でも、そして現在はアフガン戦争に関して良く見られたのです。その多くの場合に「前線の意見」を代弁していたのはペトレアス将軍(当時)でした。

 そのペトレアス将軍は、知的でどこか甘いマスクも人気の一因であったと思われますが、とにかく湾岸戦争当時のパウエル将軍(当時、後に国務長官)に匹敵する「国民的人気」を獲得していたのは間違いありません。一部には「2016年には共和党の大統領候補に」という待望論もあったぐらいでした。

 一方のポーラ・ブロードウェルという女性ですが、ジャーナリストであるとか、伝記作家という紹介をされています。国民的に人気のあるペトレアス将軍の「伝記本」を既に1冊刊行しており、2冊目をまとめるために引き続いて同氏と行動を共にしていたというのですが、この女性、実はタダモノではありません。

 出身校は「ウェストポイント」、つまり陸軍士官学校であり、卒業後はハーバードのケネディ・スクールで博士号を取った後に任官し、陸軍に勤務の後に除隊、その後はタフツ大学に併設されている国際政治の名門であるフレッチャー・スクールの教員や、FBIのテロ対策官を歴任しています。要するに、陸軍、学界、司法省を渡り歩いた「テロ対策のプロ」なのです。

 ちなみに、このブロードウェルさんに関しては、一連の不倫疑惑が明るみに出る直前の10月26日にコロラド州のデンバー州立大学で講演した際に「ベンガジでの米大使館襲撃事件の真相は、CIAが捕縛した複数のリビア武装勢力メンバーの奪還作戦だった」という発言をしており、この点が「非公開情報であり機密漏洩に当たる」という批判がされています。

 とにかく、この2人の人物のバックグラウンドを見てみただけで、この事件が「相当に複雑な背景」を持っていることは想像できます。勿論、最初にお断りしたように、日々状況が変わって行く中で、事件の全体像はまだまだ不明です。ですが、少なくとも「イケメン将軍と美人ジャーナリストのダブル不倫」という「だけ」の話ではないことは間違いないと思われます。

 ちなみに、この「不倫関係」が明るみに出たのは、ペトレアス氏に「接近」しようとした、フロリダ州に住む別の「ジル・ケリー」という専業主婦に対して、ブロードウェル氏が「ペトレアス氏に近づかないで」という嫉妬のメールを「匿名で」送ったため、不気味に思ったケリーさんがFBIに通報したのが発端とされています。

 更に10月13日の火曜日には、このケリーさんを取り巻く「秘密めいた男女関係の」メール仲間の中には、現役のアフガン方面軍長官のジョン・アレン将軍の名前まで登場しているという報道が流れました。アラン将軍は今現在このスキャンダルのために「NATO軍司令への転出を保留」という処分になっています。

 報道だけ見ていると、ジル・ケリーという女性はいかにも『デスペラートな妻たち』に出てくる「主婦」のようなイメージで、容貌とフロリダという土地柄からは何となくヒスパニック系に見えますが、実はレバノン系であるという報道もあるのです。

 この事件、発覚の時期から見れば「大統領選、リビア情勢、イスラエルのシリア攻撃開始のタイミング」などと重なる点があり、組織の暗闘としては「民主党対共和党、クリントン派対オバマ派、CIA対FBI」という構造が背景にはありそうです。また、大統領が「選挙後まで一切を知らされていなかった」という報道に関しては、もしかしたら正反対という可能性も考えながら見てゆく必要性を感じます。

 そうした様々な動きの中から、この事件の持つ意味がどう浮かび上がるのかは興味深いですし、何よりもこの動きの中で、CIA長官だけでなく、国防長官、国務長官の人事も変化していく可能性があり、日米関係に与える影響も出てくるかもしれません。少なくとも、オバマの「2期目」へ向けてのダイナミックな動きが始まったというのは間違いないでしょう。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米中が閣僚級電話会談、貿易戦争緩和への取り組み協議

ワールド

米、台湾・南シナ海での衝突回避に同盟国に負担増要請

ビジネス

モルガンSも米利下げ予想、12月に0.25% 据え

ワールド

トランプ氏に「FIFA平和賞」、W杯抽選会で発表
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 2
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い国」はどこ?
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 5
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 6
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 7
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 8
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 9
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 10
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 1
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 2
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 8
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 9
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story