コラム

グーグル「自動運転カー」の開発に込められた思想とは?

2012年09月28日(金)11時20分

 今週9月25日の火曜日、カリフォルニア州は公道において自動運転カー(セルフ・ドライビングカー、別名ドライーバーレス・カー)の試験走行を許可するという法案が成立したと発表しています。何でも、ブラウン知事は、わざわざグーグル社の本社に出向いて法案に署名しながら「非常にエキサイトしていた」そうです。

 発表によれば、グーグルは2010年に人間が運転していなくても走行できる自動運転カーの開発をスタートし、これまでに30万マイル(約48万キロ)の公道を含む実地走行試験を実施し、この間は無事故だったそうです。(2件の軽微な事故に巻き込まれたという報道もありますが)ちなみに、このプロジェクトそのものに関しては、グーグルにとっては「IT新規事業のインキュベーション」の1つになるわけですが、重要な次世代テクノロジの1つとして、アメリカの連邦政府とかスミソニアン基金などのカネも入っています。

 それはともかく、グーグルはどうして、こんな「SF映画」のようなプロジェクトに突っ走ったのでしょう。法案の成立セレモニーでは、同社の共同創業者であるセルゲイ・ブリンが、担当役員として「視覚障害者など自動車の恩恵に浴していない人の生活を改善できる」という目的を語っているようですが、実はそれだけではないようです。

 このプロジェクトの中心人物は、スタンフォード大学のセバスチャン・スラーン研究員と言って、グーグルはこの大学に産学連携の体制を作っているのですが、そこの責任者という格好です。スラーン氏はグーグルのVPも兼任しており、正に産学連携体制そのものというわけです。

 そのスラーン氏によれば、この「自動運転カー」開発のキッカケは、自動車事故への怒りだというのです。若い時に友人を交通事故で亡くした経験から「自動車は人間が運転するからヒューマンエラーのために事故を起こす」という認識、そして「人間より精度の高い運転を機械により実現すれば、多くの人命が救われる」という信念に至ったのだそうです。

 ちなみに「人間の精度の低さ」というのは、例えば「車間距離を開けないといけない」というのは、「人間という劣った存在が運転する」ことで前後のクルマが協調して正確に運転することができないから必要なので、結果的に渋滞を招いて時間とエネルギーをムダにし、道路というスペースもムダにしているというのです。また「車線間のヨコのスペースや路側帯を開けなくてはいけない」というのも、人間の運転が下手クソだからだと言っています。

 つまり、精度の高い自動運転にすれば「事故は激減」し「車間距離や路側帯、車線の幅」などスペースや資源のムダも省けるというのです。このスラーン氏の、またグーグルの考え方を「思想」という観点で捉えれば、これはかなり大胆で興味深いものだということが言えます。

 私は2009年に北米トヨタが「クレーム問題」という「冤罪」に巻き込まれた時期に、ハイブリッドなど「エコカー」の安全性について、もっと多角的な検討がされるべきだという提言をしたことがあります。いわゆるエコカーは省エネのために「薄い鋼板」を使う一方でパワーが抑えられていることから「受動安全性」も「能動安全性」もガソリン車に劣ること、高電流の電池を搭載していることから、非純正の電池などを使用した場合に発火する危険があるのに加えて、クラッシュ時の感電対策など新たな問題があること、無音に近いために歩行者に接近を知らせる必要があること、などがそうです。

 その一方で、エコカーがブームになることで、より豪華な艤装の車で、より高速で快適に移動することが「高級」だという付加価値が消滅する危険もある、だが、これに対して「高度なハイテクによる安全性確保」ということを新たな付加価値にしてゆくべきだ、ということも併せて主張したのを覚えています。今回のグーグルのプロジェクトは、こうした問題に関して根本から「自動車という文明」を問いなおす試みだとも言えるでしょう。

 ちなみに、公道走行を認可する法律が施行される前に、何十万キロもの試験走行をしていたという報道を受けて「脱法性のある試験走行もおとがめなし」としているアメリカは「イノベーションへの理解がある」として、日本は「コンプライアンスの自縛」に陥っているからダメだというような論調を目にしました。

 ですが、グーグルは、カリフォルニアでもネバダでもちゃんと「仮免」を取ってテストしていたようです。アメリカではペーパーに受かればいきなり仮免が出て公道で堂々と練習ができるわけで、「機械」もそうしていただけというわけです。仮免での路上運転では成人ドライバーが横に座っている必要がありますが、「自動運転カー」の試験走行の認可条件においては、それも同じだったそうです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日鉄、今期の最終赤字700億円に拡大へ 安価な中国

ビジネス

BNPパリバ、収益性向上へコスト削減強化 第4四半

ワールド

中国の25年金消費、前年比3.57%減、2年連続減

ワールド

金現物2.5%安、銀は15%急落 ドル高や米中摩擦
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染拡大する可能性は? 感染症の専門家の見解
  • 3
    エプスタインが政権中枢の情報をプーチンに流していた? 首相の辞任にも関与していた可能性も
  • 4
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新…
  • 5
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 6
    ユキヒョウと自撮りの女性、顔をかまれ激しく襲われ…
  • 7
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 8
    トランプ不信から中国に接近した欧州外交の誤算
  • 9
    アジアから消えるアメリカ...中国の威圧に沈黙し、同…
  • 10
    電気代が下がらない本当の理由――「窓と給湯器」で家…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「副産物」で建設業界のあの問題を解決
  • 4
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から…
  • 5
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 6
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗…
  • 7
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 8
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 9
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大…
  • 10
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story