コラム

クリスタル・ブルーの再現した空~9・11「十一周年」

2012年09月12日(水)10時22分

 もう「あの日」から11年が経過したことになります。「あの日」を契機として、ブッシュ政権は報復的な性格を持つアフガンでの対タリバン戦争を仕掛け、今もなお戦闘は続いています。その一方で、同じく報復的な感情、あるいは不安感情の清算のためにイラクへも侵攻し、この2つの戦争のために膨大な人命と莫大な国富が失われました。

 そのイラク戦争政策に加えて、リーマン・ショック(こちらはもうすぐ15日で4周年になります)を引き起こしたブッシュ政権を批判することで大統領選に圧勝したオバマは、今は再選の選挙運動中ですが、「チェンジ」であるとか「ホープ」といったスローガンがたいへんな熱気を発生させた前回とは違い、地味な選挙戦を強いられています。

 そのオバマは、イラク戦争は批判したものの、どこまで本心かは分かりませんが「米国の真の敵はアルカイダである」という宣言を繰り返す中で、アフガン戦争に関しては泥沼化の責任を問われても仕方がないほどの「のめり込み」を見せました。そんな中、昨年2011年の春には、9・11の実行犯の背後にいた思想的中心人物であり、またテロ実行への支援を疑われていたウサマ・ビンラディンをパキスタン領内で超法規的に殺害してもいます。

 大局的な観点から見れば、9・11という事件は、まず共和党のブッシュ政権によって「一国主義的な報復感情と不安感情」による2つの戦争を呼び起こし、戦争が継続する中で軍国主義的な政治力学が民主党にまで及ぶ中、民主党政権もまた20世紀にそうであったような「全人類的な理念」の看板を失って行った、その発端であるわけです。

 一言で言えば、9・11というのは、アメリカが国際社会における理念的なリーダーシップを失う契機となった事件とも言えます。また結果的に巨大な財政赤字を生み出したということも考慮に入れるのであれば、米国は事件へのリアクションを誤ることで大きく衰退へと傾斜したとも言えるでしょう。

 それはともかく、ニューヨークの式典は今年も厳粛に行われました。ブルームバーグ市長の強いリーダーシップのもとで、過去10年間、この9・11の追悼式では「政治的なスピーチは一切禁止」がされており、今年もこれは徹底していました。満10年を節目にして犠牲者全員の氏名読み上げは区切りをつけるのではという憶測もありましたが、今年もキチンと全員が読み上げられています。ニューヨークのローカル局は、4時間近くかかる儀式を全部中継していたということも、全く変わりはありませんでした。

 この「グラウンドゼロ」には壮麗な慰霊碑ができています。旧ワールド・トレードセンターの2つのビルの立っていた場所には、そのビルの形をした正方形の池が2つ作られており、その周囲は池へと流れ落ちる滝になっている、その壮麗な滝と池が慰霊碑になっているのです。このデザインにしても、ブルームバーグ市長の「政治利用厳禁」という方針にしても、遺族の心情を考えると理解はできるのです。

 先ほど、9・11はアメリカが衰退する契機になったと言いましたが、そのような「報復感情の具体化」ということに、遺族の100%が賛成したわけではないのです。アフガン戦争の緒戦の時点から、遺族の中には「報復が回答ではないはず」という声もあったのです。ですが、遺族たち自身も、「国論の分裂」は望みませんでした。まして戦争が進行し、自国の若者の犠牲が続出するようになってからは、「米兵の犠牲は何のためだったのか?」という問いをすることは、イコール戦没者の死を「無駄な死」と見ることになるという、「どこにでもある軍国主義の論理」が動く中で、アメリカは「国論分裂」から逃げ続けたのだと思います。

 では、どんなに苦しくても遺族同士で報復の是非についての論戦があっても良かったのでしょうか? また毎年の追悼式にあたって、報復戦争の是非を問うようなスピーチが混じっていても良かったのでしょうか? あるいは、オバマの指揮による「ビンラディン追跡」に際して、「あいつらに憲法上の権利を保証して裁判にかけるのは絶対反対」という保守派と徹底的に論戦をしてでも「捕縛して起訴」という判断はできたのでしょうか?

 そう問いかけてみると、アメリカという国、アメリカ人という人々を知ってしまった私には「それは無理だった」という答えしか返って来ないのです。理屈を越えたものとして、そのような答えにたどり着くのです。

 今年の9・11は、正に「あの日」の再現のような深い青色の空が現出しました。この時期の東海岸に見られる「クリスタル・ブルー」の空です。その深い色を見ていると、11年の歳月が嘘のように思えてきます。私には、何千人という人命が一瞬のうちに失われたということと、この深い青色はどうしても結びついてしまうのです。今夜は夜に入って冷え込んできましたが、この「9月の夜寒(よさむ)」も「あの日」と全く同じです。生存者が1人でも多いことを祈りながら、多くの人が献血に行列をした「あの晩」は正に初秋の冷え込みとなったのでした。

 空の青、そして夜寒と11年の年月を経ても尚、感情が揺さぶられるというのは、一種のPTSDなのかもしれません。ですが、そうした感情から自由にならなくては、「9・11以降のアメリカ史」の検証はできないように思われます。9・11の被害感情から自由になり、同時に報復行動への真摯な反省ができるようになる、それまではアメリカは「人類に普遍的な理念」のメッセージを再度発信するような存在にはなれないのだと思います。

 私は、経済を立て直した「2期目のオバマ」は、そうした段階へとアメリカを進めることができるのではと思っていましたが、現在の情勢では、仮に再選されたとしても、そう簡単には行きそうもありません。

 その一方で、アメリカでは9・11を知らない世代がどんどん成長して行っています。報道番組でも、若年層を意識した番組では9・11の追悼式のことは、ほとんどニュースにはなっていないのです。もしかしたら、本当にアメリカを蘇らせるのは、そのような新世代であって、オバマという人は、仮に再選されたとしても、「9・11とリーマン・ショック」の負の側面を背負ったまま、最後まで「2000年代という暗黒の10年」の負債処理で終わるのかもしれません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米上院議員が戦争権限決議案、トランプ氏のイラン軍事

ビジネス

NTTドコモ、 CARTAHDにTOB 親会社の電

ビジネス

パリ航空ショー、一部イスラエル企業に閉鎖命令 イス

ワールド

アングル:欧州で増加する学校の銃乱射事件、「米国特
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 9
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 10
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story