コラム

奇跡の舞台、蘇るマイケル・ジャクソン

2012年04月13日(金)12時08分

 一夜の舞台で、ここまで心躍り、心震える経験というのはそうあるものではありません。

 昨年の製作発表から色々と噂になっていた、カナダのスーパー・サーカス劇団(というしかないと思いますが)「シルク・ドゥ・ソレイユ」と故マイケル・ジャクソンの遺産管理財団の共同制作によるパフォーマンス『不滅のマイケル・ジャクソン』が北米巡業を開始したのです。

 私は4月10日のフィラデルフィア公演(2日間の初日)を観る機会があったのですが、収容約1万5千人のウェルズ・ファーゴ・センター(バスケの76ersとホッケーのフライヤーズの本拠地)は満員でした。恐らくはマイケルと共に人生を過ごしてきたという感じの、やや高めの年齢層を中心とした観客は物静かで、何となく宗教的なものを感じさせました。

 このショーに関しては、今年2012年をかけて北米ツアーが進行し、同時にラスベガスでの常設のショーが別内容で立ち上がる一方で、ツアーの方は2013年にはヨーロッパに行くことになっているようです。日本への巡業は現時点では未確定ですが、十分に可能性はあると思われます。

 内容が内容だけに、これから北米でのツアーを鑑賞に行く方もあるかもしれませんので、いわゆる「ネタバレ」は厳に慎みたいと思います。例えば『スリラー』のパフォーマンスは素晴らしかったのですが、どんな色を基調にしていたのか、そこにどんなメッセージを乗せていたのかをここでお話するのは適当ではないと思われます。

 とにかく、マイケルの音楽とシルク・ドゥ・ソレイユの芸術に昇華したアクロバット・ショーが完全に融合しており、死してなおその魂は不滅という印象を強く残すショーだったことは間違いありません。

 1つだけお話してしまうと、マイケルのイマジネーションの「王国」としての「ネバーランド」という概念があるわけですが、このショーを通じて何度かこの「ネバーランド」の門が登場するのです。そのことは、このショー自体が様々な意味合いを持っていることを示唆しているように思うのです。

 まず強く感じさせられるのは、マイケルが夢見た理想のコンサートツアーを、マイケル不在のままではあっても、このツアーが実現しようとしているという意味です。

 また、基本的にはサーカス仕立てのこのショー自体が、マイケルの夢想した「ネバーランド」の実現という意味合いを持ってくるということもあります。

 結果的に、マイケルは不在であるのに、却ってマイケルの存在感が増すという奇跡をこのショーは達成しているように思われるのです。そのことは、印象的なエンディングにより確信に変わります。

 ショーに関しては、とにかく見ていただきたいというしかないのですが、今回のパフォーマンスを見て感じたのはマイケル・ジャクソンが、ある強烈なメッセージを残して去っていったということです。

 それは「成熟を拒否する思想」ということです。

 人はこの世に生まれ、一旦は世界とケンカをし、やがて世界と和解して世界の中で活動し、やがて自分にはできることは少ないという諦念に入りつつ世界からフェイドアウトするように去って行く・・・それが古典的な意味合いでの成熟であるならば、マイケル・ジャクソンという人はその「成熟を拒否」したまま永遠の存在になってしまったのです。

 それは童心を大事するとか、環境が大事だとか、平和のメッセージを訴えようというような個別の思想の断片ではないように思います。そうした断片的なものではなく、トータルな世界観としてあくまで成熟を拒否し、一直線に自分の信じる方向性を走りぬいたということです。今回のシルク・ドゥ・ソレイユのパフォーマンスは、その「成熟を拒否する思想」を見事に一晩の舞台にまとめあげていた、そう言って構わないのだと思います。

 死してなお、人々に対して「成熟を拒否する」思想を訴え続けている、このツアーのタイトルにもなっている「イモータル(不滅の、不死の)」というのは、そういうことなのです。日本公演の一刻も早い正式決定を切に望みます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ルーブル美術館強盗、仏国内で批判 政府が警備巡り緊

ビジネス

米韓の通貨スワップ協議せず、貿易合意に不適切=韓国

ワールド

自民と維新、連立政権樹立で正式合意 あす「高市首相

ワールド

プーチン氏のハンガリー訪問、好ましくない=EU外相
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 5
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 6
    ニッポン停滞の証か...トヨタの賭ける「未来」が関心…
  • 7
    ギザギザした「不思議な形の耳」をした男性...「みん…
  • 8
    【インタビュー】参政党・神谷代表が「必ず起こる」…
  • 9
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 10
    「中国は危険」から「中国かっこいい」へ──ベトナム…
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 5
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 6
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 7
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 8
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 9
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 10
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story