コラム

運命の降雨中断、MLB「最終戦」のドラマ

2011年09月30日(金)11時32分

 千葉ロッテの監督を長く務めたボビー・バレンタイン氏といえば、ディズニー=ESPNという全国ネットの巨大スポーツ専門局の中でも解説委員長格の存在です。そのバレンタイン氏は、9月28日(水)にMLBが一斉に最終戦を戦う中、プレーオフ出場権をかけた「運命の試合」が同時進行で4ゲーム行われた間、スタジオで逐一解説をしていたのですが、「いやあ、野球っていうのは本当に素晴らしいですね」という感嘆を何度も繰り返していたのが印象的でした。

 それにしても、この日の4ゲームというのは大変な状況でした。まず、アメリカン・リーグ、ナショナルリーグ共に、東地区、中地区、西地区のそれぞれの優勝は順当に決まっていました。ところが、両リーグ共に、プレーオフ出場の最終枠の「ワイルドカード」つまり二位球団の中の最高勝率球団は決まっていなかったのです。最終の162試合目を前にして、ナショナルではブレーブスとカージナルスが、アメリカンではレッドソックスとレイズが完全に同率で並んでいました。

 この日のこの4球団について言えば直接対決はありませんでした。ですから、ライバル同士が両方勝ったり負けたりしたら同率でシーズンを終わることになります。その場合は、翌日29日に一日だけ設けてある予備日に「ワンゲーム・プレーオフ」を行うことになっていました。仮に一方が勝って、一方が負ければ勝ったほうが出場権を得るというわけです。そんな中、ブレーブスはとっくに優勝を決めている王者フィリーズとアトランタの地元で、カージナルスはヒューストンでアストロズと、レイズは地元でヤンキース戦、レッドソックスはボルチモアでオリオールズが相手でした。

 この中でドラマチックだったのは、アメリカンの方です。まずこの2チームですが、9月の上旬まではレッドソックスがレイズを9ゲームも離していました。それどころか、レッドソックスは夏場の長い間、東地区の堂々たる首位を突っ走っていたのです。ですが、9月に入ってレッドソックスは、最終戦の前までで6勝19敗という「歴史的崩壊」に陥ってしまいました。その結果として、遥か下だったレイズと同率で最終戦を迎えることになったのです。

 試合はレッドソックスが序盤の失点を逆転して7回の表までで3-2とリードしていたのです。ところが、そこで急に雷雨が襲いました。急遽ビニールシートがグラウンドに敷かれて試合は中断、但し審判団も主催者のオリオールズも「試合の重要性を考えると降雨コールドにはしない」というスタンスで雨が上がるのを待っていたのでした。一方で、ライバルのレイズは、何とエースピッチャーのプライスが崩れて、7回までヤンキーズ相手に7-0と大きく負けていました。この時点ではレッドソックスのプレーオフ進出は濃厚と思われていたのです。

 ところが約1時間半の降雨中断の間に運命は反転しました。8回ウラの攻撃でレイズは、押出し2つで自滅したヤンキース投手陣にロンゴリア選手の3ランなど4点を加えて計6点、一気に1点差のゲームとしたのです。ですが、そのままひっくり返すところまでは行かず、1点負けのままレイズは9回ウラ、2死ランナー無しというところまで追い詰められました。ところが、ここで代打のジョンソンがまさかのソロホーマーを放ち、ゲームは延長にもつれ込んだのです。

 降雨後に再開されたボルチモアのゲームですが、レッドソックスの方は再開後も両チームゼロで、逆に9回ウラも2死ランナー無しまで行ったのです。ところが、ここで抑えのパペルボンが連打を浴びました。連続二塁打で同点の後、アンドリーノの打球はライナーでレフトのクロフォードを直撃、クロフォードはギリギリのところで捕球ができませんでした。二塁ランナーは一気に本塁に突入し、最後は呆気ない幕切れでサヨナラ負けを喫したのです。

 その結果が試合中のタンパのスコアボードに「ボストン3、ボルチモア4、F(ファイナル=終了)」と表示されるとレイズのファンは狂喜していました。こちらの延長戦も死闘という感じで、ヤンキースは11人目の投手として投入したプロクターが、50球近く投げて必死の防戦、試合は12回ウラまで行きました。1死後に結局決めたのは再びロンゴリアでした。ライナーの打球はレフトのライン際ギリギリのところで、フェンスを超え、実にドラマチックなサヨナラでシーズン162試合を終わったのです。

 この瞬間にレイズの大逆転でのプレーオフ進出が決定し、レッドソックスは球史に残る「崩壊」を遂げてシーズンを終わったのでした。ちなみに、ナリーグの二試合は、カージナルスはカーペンター投手の完封で8-0の完勝でしたが、ブレーブスの方は1点リードを守れずに延長に入り、13回で負けており、カージナルスの進出が決まりました。こちらもペナントレースとしては大逆転でした。

 とにかく、プレーオフ進出のかかった運命の試合が4試合同時並行で行われ、その中で3試合がクロスゲーム、しかもドラマチックな逆転劇ということで、バレンタイン氏の言うように、野球好きにはたまらない一晩となりました。ちなみに、どうしてこんなお話を延々としたのかというと、考えさせる点が何点かあったからです。

 一つは、この4ゲームの場合、「相手チーム」の側には直接的なモチベーションはあまりない、つまり優勝決定済みか脱落済みのチームだったのですが、本当に真剣な野球を続けたのです。特にボルチモアの球団職員は深夜まで雨上がりの球場の整備など必死に「場」を提供していました。各チームの選手たちも、まるで自分たちの優勝のかかった試合のように「ガチンコ」で臨んでいたのです。そのあたりにスポーツビジネスを成功させるヒントがあるように思うのです。

 もう一つは、リーグ全体のスケジュール管理ということです。ドーム球場の少ないメジャーでは、雨天中止になった試合の再試合はダブルヘッダーを組んだり大変なのですが、それでも30球団が一斉に162試合目を行う(今年の場合はドジャース=ダイヤモンドバックス戦1試合が中止のままで終了なので、この両チームを除く)ということで、このドラマが生まれたわけです。今年の日本プロ野球の場合は、震災という特殊事情がありますから無理は言えませんが、こうしたスケジュールの問題も考えさせられます。

 あとは、プレーオフ制度の問題です。今回は現制度の美点が最大限に発揮されたケースとなりました。こういう成功事例を見てしまうと、ペナントレース終盤で「負けてもプレーオフがあるさ」となったり、全国優勝が決まってから「優勝チームも公式戦では2位や3位」というパラドックスが起きて優勝の権威が疑われるというのは制度的に問題があると思われます。

 いずれにしても、肝心のプレーオフの第一段階、地区シリーズは今日30日から始まります。こちらはどんなドラマが待っていることでしょう。

(追記)ボルチモアとタンパの試合進行に関して、一部前後関係が混乱した形でアップしていたので修正させていただきました。また、レッドソックスのフランコーナ監督ですが、敗戦の翌日に契約満了に伴い退任しています。8年間に2度のワールドシリーズ制覇を遂げた闘将の一時代は、ここに終わりを告げました。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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