コラム

2012年の大統領選へ向けて、2011年の政局を占うと?

2010年12月20日(月)11時31分

 11月の中間選挙で大敗したオバマですが、ここへ来て「大胆な中道シフト」を敢行して、共和党との政策面での合意を続けて成功させています。1つ目が、総額8580億ドル(約72兆円)という大規模な景気対策減税です。ブッシュ時代の減税を失効する寸前に「富裕層減税の継続」という共和党の主張を丸のみする一方で、民主党のリベラル派を抑えこんで上下両院を通して成立させています。合意が12月7日、可決が16日、大統領署名が17日とこの減税延長妥協案が成立してゆく中で、オバマの柔軟性はジワジワと政界に、そして一般の世論に「やるじゃないか!」というムードを浸透させ始めています。

 更に18日には、懸案になっていた「米軍での同性愛カミングアウトの自由化」法案を、今度は長い間抵抗を示していた上院共和党を切り崩して可決に持っていっています。これは、長い間「軍は同性愛かどうかを聞いてはいけない、本人は同性愛だとカミングアウトしてはいけない(ドーント・アスク、ドーント・テル)」という微妙な「妥協」で運用していたものを、そろそろ自由化しようと軍の方から言い出していた問題なのですが、政治的な力学の中で宙ぶらりんになっていたテーマでした。減税案で自分たちの主張を丸呑みした「お返し」と言うと語弊があるかもしれませんが、長年反対し続けていた共和党から多くの造反が出て最後はスンナリ可決されたのです。

 一連の懸案の中では、不法移民の子供が「大学入学もしくは軍に入隊」したところで、米国の合法滞在資格を得るという通称「ドリーム法」は、次の選挙が怖い南部から中部の民主党議員が造反して潰れましたが、これはオバマとしては(口には出さなくとも)織り込み済みということことでしょう。一方で、本稿の時点ではまだ不透明な状況もありますが、オバマ大統領がロシアのメドベージェフ大統領と調印した、新核軍縮条約(新START)の批准審議も進み出しました。減税で結果が出たことから、急速に議会は動き出しています。

 こうした状況を反映した「オバマ支持率」の数字はまだ出ていませんが、今のムードからすると、もしかしたら低落傾向に歯止めがかかるかもしれません。大統領としても久々に明るい表情を見せている、そんな年末です。以前のエントリにも関連しますが、今回、大統領が議会の多数を失いながら指導力を発揮できたのは、何も「公選の大統領が議会と対抗できる強大な権限を持っている」ためだけではありません。仮にそうであれば、日本の「金縛り政局」の参考にはならないでしょう。ですが、それだけではなく今回の上院での両党の「自由な造反」が院の意志を作っていったように、「党議拘束を解除する」ことで「ねじれ議会」でも成果は出せるのです。今回の一連の進展は、その好例だと言えます。

 さて、今回の一連の合意劇でオバマが得点を稼いだという評価ができるのは、共和党側にリーダーが不在という要素も絡んでいます。上院の大物であるマケイン議員は、大統領選に負けた人間で次期リーダー候補からは遠い存在、下院の院内総務で次期下院議長といわれるベイナー議員はまだまだ知名度はありません。ですから、共和党とオバマの両者による「合意」であるのに、政治的にはオバマの一人勝ちになっているのです。

 その共和党ですが、2012年1月(前回の12月から1月に戻されるようです)のニューハンプシャー州の予備選まで12カ月という時点ですが、まだ有力な大統領候補が見えてきていません。そんな中、私は「誰も怖くて名乗りを挙げられない中、時間切れでペイリンが浮上する」というシナリオを考えていました。ですが、最近は他の見方も出てきています。それは、いつものように大統領選前年の夏場に様々な候補が名乗りを上げ始める中、ペイリンは静観を貫き、ニューハンプシャーの直前に「後出しジャンケン」で圧勝を狙っているという説です。

 まるで、1999年の東京都知事選で石原慎太郎現知事が公示直前に電撃出馬して一気に逃げ切ったときのようなシナリオです。確かに、「カリスマ性の弱い男性候補が罵り合っている」中にペイリンが電撃的に登場すれば、一気に予備選序盤を勝ち抜けるでしょう。また、そのような「短期決戦」であれば共和党内の論戦でボロを出す可能性も減るわけで、彼女のキャラを考えると賢い作戦かもしれません。そのペイリンは、相変わらずTV出演を続けて芸能人的な人気と知名度の「貯金」に余念がない一方で、今回の「オバマ=共和党の妥協」については「真正保守の観点からは邪道」というような「ツッコミ」をツイッターで流し続けて影響力を行使しています。

 では、2011年から2012年にかけて何が争点になるのでしょう。仮に大規模なテロ事件などがなく、米中関係が現状の延長であったとすれば、争点になるのは「財政再建」になると思います。この点ではペイリンを担ぐ「ティーパーティー」も、「財政規律委員会」の大胆な諮問案を手にしたオバマも全く同じなのです。大胆な財政再建案を競いつつ、景気回復の勢いがハッキリしてくればオバマが有利、逆に世論が改めて失望するような展開だと「ペイリン?」というような観点をまず持ちながら、年明けから始まる新しい政局の動向を見てゆきたいと思います。当面の焦点は、1月下旬から2月上旬に予定されているオバマの「年頭予算教書」の内容で、ここで相当大胆な財政再建宣言が出るのであれば、そのリアクションが色々出るところから新年度の、そして2012年の大統領選を目指したバトルが始まるのだと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:求人詐欺で戦場へ、ロシアの戦争に駆り出さ

ワールド

ロシアがキーウを大規模攻撃=ウクライナ当局

ワールド

ポーランドの2つの空港が一時閉鎖、ロシアのウクライ

ワールド

タイとカンボジアが停戦に合意=カンボジア国防省
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 8
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 9
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story