コラム

ヒラリー・クリントンの立ち位置

2010年08月02日(月)11時07分

 先週のアメリカでは、TVにしても新聞しても「ヒラリー・クリントン」の露出が目立ちました。1つは週末に行われた、ヒラリーとビル・クリントンの一人娘チェルシーの結婚式、そこへの極めてストレートな芸能週刊誌的な関心であり、もう1つには、改めて緊迫したアフガン=パキスタン情勢のからみでした。アフガン=パキスタン情勢に関して言えば、7月26日に国際的な内部告発サイト「ウィキリークス」の流したアフガン派遣軍の内部資料、特に個別の戦闘での苦戦や誤爆、あるいはパキスタンやアフガニスタン政府内の離反者などの具体的な情報が、「ニューヨークタイムス」など世界の有名各紙に掲載されるという事件がありました。

 この「ウィキリークス」による軍の内部情報暴露事件は、軍の上層部の怒りを買っていますが、その一方で世論の方はいたって冷静でした。そのために、この暴露事件のおかげで、世論の中にある「アフガン厭戦気分」が改めて浮き彫りになってしまった感があります。では、この膨大なリーク資料について、アメリカの「マス」メディアが要点を整理して問題提起しているのかというとそうとも言えないのです。リークがあって、軍が激怒している、そのリークの是非や犯人捜しには躍起になっているのですが、中身に関しては詳しく知れ渡っているとは言えません。

 では、どうして厭戦気分なのかというと、この「ウィキリークス」のリークがある前から、特にこの6月、7月になってアフガンの戦況がアメリカ側にとって悪化していたということが大きいように思います。南部のカンダハル攻防戦が泥沼化する中で、米兵の戦死者も、6月が60人、7月は66人と最悪を更新しているからです。政治的にも、パキスタンの動向も、そして親米と思われたアフガニスタンのカルザイ政権の動向も、アメリカが目を離すとウラでタリバンと交渉していたり、知らない間に中国のカネが入っていたり、以前のように「堅固な同盟」というムードでもなくなってきています。

 そんな中、7月の20日には国務長官のヒラリーがパキスタンに乗り込んで、5億ドル(430億円)の緊急援助を行うことを表明、病院や電力網整備を行うための資金提供を約束しました。また、その足でアフガンに乗り込んで、ここのところ独断での行動が目立つカルザイ大統領に対して是々非々の態度でクギを刺しています。この「ウィキリークス」のリークは、そのような戦況の報道、そしてヒラリーの外交努力が大きく報じられた直後に発生した、そうしたタイミング的な流れがあります。

 では、ヒラリーへの評価はどうなのかというと、これは国務長官としてオバマの閣僚となって1年半が経つのですが、全く雑音がないのです。雑音がないというのは、オバマとの意見の相違が伝えられたり、ヒラリーに独断専横があるなどという報道が皆無なだけでなく、ゲイツ国防長官との呼吸もぴったり合っているし、そのために保守派から批判を受けることもほとんどありません。また、ヒラリーの方も、ことある毎にオバマ大統領への評価を語っています。あの激しかった2007年から08年の予備選の遺恨はそこにはなく、今やヒラリー・クリントンというのはバラク・オバマの忠臣中の忠臣であり、同時に「歩く国益」である国務長官の職がピタッとはまっている、そんなイメージが確立しています。

 そんなわけですから、愛娘チェルシーの結婚式はNY州の地元から暖かいサポートがあるなど、まるでロイヤル・ウェディングのような「ポジティブ一色」の報道で終始していますし、この結婚式の報道により改めてクリントン家の存在感を見せつける形になったと思います。新郎新婦に関しては、両親が揃って政治家であり、それぞれに父親がスキャンダルを起こし(ビル・クリントンはモニカ・スキャンダル、新郎メズビンスキー氏の父親は収賄などで8年間の禁固刑に服している)「泥にまみれた父親の子」という共通のバックグラウンドを通じて、恐らくは長く深い友情で結ばれた、2人にはそんな雰囲気が感じられました。そんな清濁併せ呑む雰囲気にプラスして、子の世代が親の世代に「ちゃっかり乗っかり」ながらも「自立志向」であるムードなども、正にクリントン風で、典型的な団塊世代とその次の世代の核家族の継承ドラマというところでしょうか。

 さて、そんなわけで「誰からも非難されない」不思議な立ち位置を獲得したヒラリーですが、今後の出処進退はどうなるのでしょうか? 一部オバマに近い筋からは、何度も「ヒラリー最高裁判事」という話が出ているようです。ですが、アメリカでは大変な名誉と実権を持っている最高裁判事ですが、ある意味では「上がりのポジション」ということで、ヒラリーが呑む可能性は少ないでしょう。では、2012年に支持率の低下したオバマに挑戦して民主党の大統領候補にという可能性も薄いように思います。

 私は、そう考えると、ヒラリーという人は2016年の大統領選に照準を合わせつつあるような気がしてなりません。その場合は、もしかすると2012年にはバイデンと交替してオバマの副大統領になり、2016年には「禅譲」というシナリオがある可能性も否定できないように思います。1947年生まれのヒラリーは、2016年にはまだ69歳、十分に目はあるように思います。仮にそうした野心があるのなら、ヒラリー外交というのは、オバマの意向を受けた忠臣としての行動だけでなく、「ヒラリーの2期目」となるかもしれない2024年までの14年のレンジで考えている、そんな戦略のタイムスパンを持っているかもしれません。

 ということは、アメリカがこれからの複雑化する世界の中で、イスラムとどう折り合ってゆくのか、中国の台頭とはどの辺で均衡点を見いだすのか、ヨーロッパとはどのような共存共栄を探るのか、といった中期的な課題を頭の隅に置いているということ、そんな推測もしておく必要があると思います。そう考えると、アフガン=パキスタン問題に関しては、単純に「アメリカが逃げる」という選択肢は取れないように思うのです。アフガン=パキスタンとどう共存してゆくのかということは、イスラムだけでなく、中国やヨーロッパとも今後どう関わってゆくのかと深く関係しているからです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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