コラム

アメリカの失業率が好転しない理由

2010年03月03日(水)09時00分

 就任以来、オバマ大統領は景気対策を最優先に取り組んできたのは間違いありません。具体的には景気刺激策、つまりは財政出動で、公共工事や教育インフラ整備、科学技術振興など幅広い分野に税金を投入して、2年間で300万人の雇用を創出する、就任時にはそう宣言しています。その景気刺激策は、7900億ドル(71兆円)という巨額なものですが、2009年の早い時期に議会を通過して実施がスタートしています。今回スタートした「クレジットカードにおける消費者保護」もその一部ですし、JR東海が売り込みを狙っている高速鉄道構想なども入っています。

 ところが、施行から1年近く経った現在でも、なかなか失業率は好転していません。下げ止まったのはどうやら確かなのですが、10%弱で張り付いたまま、好転の気配は非常に弱いのです。今でこそ、アメリカ社会も市場も10%とか9・7%という数字に慣れっこになってしまっていますが、1年前に議論されていたのは悪化していっても最悪8%ぐらいで好転に向かうように、刺激策は設計されているという話だったわけですが、そんなシナリオは今となっては夢のようです。

 では、どうして米国の失業率は好転しないのでしょうか? まず景気刺激策の実行が遅れているのかというと、一部にはそうした報道もありますが大幅に遅れているわけではないようです。事実、新規雇用数のデータは少しずつ好転してきているのです。では、景気回復が遅れているのかというと、そうでもありません。株価は上昇基調を維持していますし、例えばGDPや、輸出入、各企業の決算などはどんどん改善してきているのです。また先週は各航空会社の稼働率が好転したというデータで、航空会社株が上昇しています。

 日本との比較で言えば、アメリカの場合はデフレスパイラルの懸念はほとんどありません。それどころか、インフレ懸念すらあり、ここへ来て「利上げ」の観測が出たり入ったりするぐらいなのです。にもかかわらず、失業が止まらないのです。特に毎週水曜日に発表される「失業保険の新規申請者数(イニシャル・クレーム)」が50万人弱という「暗い数字」に貼り付いて動かない、これは政局にも大きな影響を与えています。刺激策は動き出し、景気の各指数は前向きになっているのに、どうして雇用がダメなのでしょうか?

 一言で言えば、2008年秋の「リーマンショック」以来の不況下で徹底したリストラが続いたこと、それがアメリカの仕事の進め方をどんどん変えてきているということです。例えば、銀行や郵便局が良い例です。この両者は、つい最近まで、安定した雇用を提供していたのですが、ここ数年で様子が一変しました。どちらもITの波の影響が大きいのですが、例えば銀行の場合はネットバンキングのサービスがどんどん進んでおり、個人のバンキングについてはATMとネットでほとんどの取引が完結するようになっています。同じように、クレジットカードや不動産ローン、大学の出願から免許の更新まで、あらゆる事務手続きが官民問わず一気に電子化されています。

 勿論、こうした動きは90年代からあったのですが、ここへ来て使い勝手の向上が進んだことで普及が加速しました。その結果として膨大な人手が不要になったのです。一連の電子化、ペーパーレスの本格普及は、同時に普通郵便の流通量を激減させています。郵便局も、つい数年前までは営業時間を拡大するなど、サービスを向上させて民間の宅配便との競争を繰り広げていましたが、ここへ来て普通郵便が激減したことで、売り上げ減をカバーすることは不可能になり、要員の大幅な削減を進めています。現在は、土曜日の配達サービスを廃止する動きも出てきています。

 事務サービスに続いて人員削減に走っているのは地方公共団体です。カリフォルニア州に代表されるように、各地方の自治体は財政破綻に苦しんでいますが、今回の大不況による税収の落ち込みは、そんな中、各地方公共団体に徹底したリストラを迫っています。キャッシュフローに苦しむ自治体では、聖域と言われた公教育の教職員にも手をつけ始めており、この分野では、各ローカルのリストラ分をオバマの刺激策で多少緩和しているという状況で、やはり雇用は減っています。民間でも、今回多少明るい兆候の出てきた航空業界でも、チェックインの自動化だけでなく、地方路線の外注化など生き残りのために必死です。ここでも雇用は削減という結果になっています。

 では、そこまで雇用が厳しいのなら「給与カット」や「ワークシェアリング」が横行し、デフレのセンチメントが広がりそうなものです。ところがそうはならない背景には、今回の大不況を経ても「時間あたりの給与」は余り下がっていないという実態があるのです。賃下げはしない、その代わり不要な人員はどんどんカットする、これがアメリカの各企業、そして地方公共団体の人事政策です。その背景には、不利益変更を受け入れない労働者の権利意識もあるでしょうが、それ以上に「仕事の進め方を見直して要員を削減する」という経営手法が非常に一般的だということが言えるでしょう。

 簡単に言えば、格差は当面広がる方向です。職のある人の処遇は変わらない一方で、失職する人は増えているからです。では、こうしたやり方と、職は守るが賃下げや時短という日本式のどちらが「まし」なのでしょうか? こうなると、価値観の問題や文化、慣行の問題ということになってしまいます。ただ一つ言えるのは、製造業が復権したり、高度な知的産業が活性化して再びアメリカに好況期が訪れた時には、アメリカの生産性は相当に向上しているだろうということです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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