コラム

アメリカでは「遠い」金大中氏の訃報

2009年08月24日(月)12時26分

 韓国の金大中元大統領は、国葬をもって送られています。アメリカでは、この葬儀に関してはそれほど大きくは取り上げられていません。韓国が遠い国であること、かつて開発独裁の軍事政権が厳しい人権弾圧を行った事実が余り知られていないこと、その結果として独裁と闘った金大中氏の足跡も知られていないということが、そこにはあると思います。

 また、アジア通の中においても、「太陽政策」と呼ばれた北朝鮮に対する一連の宥和策が結果論から見れば必ずしも成功していないことから、同氏への評価が「今ひとつ」となっているということもあるでしょう。ですが、「太陽政策」に関しては、相手方が汗ダラダラになりつつも「この温かさには、やがて外套を引っぺがそうという意図があるのだな」と分かってしまったところで「ひねくれて」きたとしても、それでも思い切り太陽を浴びせ続けられるかが勝負で、その意味では「6カ国」が「相手の喜ぶ冷風」を送ってしまった時点でダメになったのです。その意味で金大中氏を責めるのは筋違いのように思います。

 それはともかく、私は金大中氏の功績はやはり国葬に相応しいものであるように思います。それは軍事独裁と対決し続けた闘士というだけではありません。97年のアジア通貨危機の渦中にあって大統領に就任し、IMFの管理下におかれた韓国経済を立て直した功績が一つあり、その背景には自由主義経済と、民主主義への強い信念に裏打ちされたリーダーシップがあったと思います。

 日本国内では実感が薄いと思いますが、今現在のアメリカでは韓国の現代、三星、LGの3大企業グループの存在感は圧倒的なものがあります。自動車に関しては、リーマンショック以来の需要低迷期に現代自動車は大きくシェアを伸ばしましたし、携帯電話や薄型TVのマーケットでもLGと三星の攻勢は日本企業を圧倒しています。そこにはウォン安という追い風もありますが、97年の危機を乗り越える中で、国際市場におけるマーケティングに関して一流のレベルに躍り出た成果があるのは明白です。日本が2度の石油ショックを踏み台に生産性を飛躍的に高めたように、韓国はアジア金融危機を踏み台にして飛躍してきた、その影には金大中政権の功績を認めない訳には行かないと思います。

 大統領の在任中に、金大中氏はシンガポールのリー・クワン・ユー(李光耀)元首相と対談した際に「未熟なアジア人には民主主義は不可能」だというリー元首相に対して「そんなことはありません。アジア人にも民主主義は可能です」と激しい調子でやり返したというエピソードがありました。堂々と独裁を標榜する中国経済が存在感を増す中で、こうした金大中氏の姿勢は今こそ輝きを増しているように思います。この点に関しても、私には個人的に「巨星墜つ」という感慨が拭えません。死の訃報に対して関心の薄いアメリカにおりますと、それが余計に痛切に感じられます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

再送-第一生命HD、30年度の利益目標水準引き上げ

ビジネス

政策調整、注意深く適切に 「遅すぎず早すぎず」=野

ビジネス

新規国債11.7兆円追加発行へ、歳出追加18.3兆

ビジネス

日経平均は3日続伸、5万円回復 米利下げ期待などが
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 5
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 10
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 9
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story