コラム

なかなか伸びないアメリカのサッカー人気

2009年06月08日(月)11時46分

 ウズベキスタン戦で一気にW杯本選の出場を決めることができた日本ですが、一方で北中米カリブ(CONCACAF=コンカカフ・リーグ)の最終予選もヤマ場を迎えています。この最終予選は6チームが参加して、上位3チームが本選出場権を獲得するのですが、アメリカ、メキシコ、コスタリカに加えて、サッカーの勝敗が遺恨となって戦争をしたこともある因縁のホンジュラスとエルサルバドル、そしてトリニダード・トバコという顔ぶれは、なかなか興味深いところです。

 アメリカは現在のところ、2連勝した後に先週の6月3日にコスタリカに大敗していますが、6日のホンジュラスとの戦いでは前半に1点を先行されたものの、エースのドノバンが相手のハンドに際してのPKを決めて同点、その後逆転勝ちし、現在のところは3勝1敗1分で有利な位置につけています。まだ安心はできませんが、仮に4位になっても大陸間プレーオフが残っていますし、メキシコとの直接対決で勝っていますから、とりあえず本選出場は大丈夫でしょう。

 さて、ご承知のとおりここ数回のW杯でのアメリカの戦績は輝かしいものがあります。長い低迷期間の後に、90年以降は5大会連続で本選出場、94年の自国開催の際にはベスト16、2002年の日韓大会ではベスト8に進出するなど立派な成績です。では、アメリカは盛り上がっているのでしょうか? 確かに今回は、過去の予選と比べると少しだけ関心が深まっているような印象があります。ですが、他のヨーロッパ、中南米、アジア、アフリカの諸国と比べると、どうにも熱気が足りないのです。

 今日ただいまアメリカで関心を呼んでいるスポーツといえば、バスケットでしょう。LA・レイカーズとオーランド・マジックによるNBAファイナルは第2戦を迎えて、佳境に入っているからです。このバスケットに、MLBの野球、NFLのアメリカン・フットボール、そしてNHLのアイスホッケーを加えた4つが、アメリカでは4大スポーツとして人気があり、プロのスポーツビジネスとしても他を圧倒しています。ファンの広がりも、そして少年少女のアマチュアや大学リーグ、独立リーグといった組織を通じた選手層の裾野もたいへんに大きいのです。これに加えて、テニス、水泳、陸上も競技人口が非常に多く、注目を浴びるスポーツです。

 実は、サッカーはアメリカでの人気ということでは、こうしたスポーツにどうしても負けてしまうのです。理由はたくさんあります。まずアメリカにおけるサッカーというのは、子供と女子のスポーツという印象が強いと言うことがあります。幼稚園から小学校にかけての地域の少年サッカーリーグというのは全国で盛んなのですが、あくまで「アメリカン・フットボールは小さい子供や女子には危険なので、その代替、あるいは予備練習としてのスポーツ」という位置づけがあり、中学生ぐらいになると優秀な選手がアメリカン・フットボールに行ってしまうという問題があります。

 実際に少年サッカーでも、MFがシュートを打つと「フォワードを信頼していない越権行為」だと叱られたり、スペースに走り込むという概念が分からずに、みんなでボールに殺到して押してみたり、余りにもアメフに影響された「トンデモ」な指導がされることもあるぐらいです。そうなのです。アメリカ人はアメリカン・フットボールが大好きなのです。あの戦術という意味でも、時間との戦いという意味でも、統制の取れた、自由度の少ない中での一瞬の個人技というのが好きなのであって、45分という長い時間、広大なピッチ全体に緊張感が連続し、個人が頭脳と精神力を問われるサッカーのスタイルはどうしてもなじめないのだと思います。

 前回や前々回のW杯で、アメリカが善戦しつつも敗退した後に、アメリカ人と話をすると「優勝したチームがすごいのは分かるけど、どこがすごいのかが分からない」という反応がありましたが、アメフに関しては実に詳しい理解をしている人でも、サッカーの面白さはピンと来ないことが多いようです。例えば、サッカーではボールを支配することは大変に大事ですし、持ち込んでシュートのラインが通っただけでもすごいことなのですが、その辺の感覚が分からないのです。アメフ的な感覚からすると、シュートを外すのは格好悪い、あくまでそういうことになってしまうのです。

 その背景には、一見すると個人主義のアメリカでも、軍隊や会社組織の規律や統制というのは非常に厳しいのであって、スポーツもそうしたカルチャーを反映しているということがあります。野球などを見ていても、確かに個人のキャラは立っているし、一流選手になればプライドも高いのですが、監督命令には絶対服従という掟は強いのです。厳しいタテのラインの中で、どう個人を生かすか、それがアメリカ人の組織感覚なのです。その点で、一旦ホイッスルが鳴ってしまえば、後はMFが司令塔になりつつ個別のプレーは個人の瞬時の判断に任されるサッカーは苦手のようです。この点は日本のA代表が過去悩み続けてきた問題に似ています。

 それでも、結果を残しているのはひたすらにスピードと運動量です。これは、アメリカの中学や高校スポーツにおけるサッカーが基本的には秋のシーズンに限定されていて、冬と春には陸上部に籍をおいて「中距離の全力疾走」を徹底的にやっている、そこに秘密があります。成長期に「陸上的に鍛える」中から圧倒的なスピードと運動量がつくということは、日本のサッカー界も、いや「隊列を組んでランニング」などという「のんきな」ことをやっている野球部カルチャーなども真剣にマネをする価値があると思わせるほどです。

 伸び悩むアメリカのサッカー人気ですが、中南米やアジアからの移民の影響もあり、また真剣に少年少女サッカーをやった世代が成長するにしたがって、サッカー人気はスローペースながら拡大の気配があります。今回の3次予選でも、シカゴでのホームゲームでの観客動員は一試合4万人を越える立派なもので、これは自国で開催しながら関心が盛り上がらなかった94年当時の雰囲気からは隔世の感があります。ですが、4大スポーツやテニスに比べると、まだまだという状態は続くでしょう。

 私はアメリカでサッカーが本当に人気種目になり、W杯での代表チームの戦いぶりが全米を熱狂させるようになる日が来るべきだと思います。そうすれば、とかく自国に閉じこもりがちなアメリカ人も、どうしても世界の各地の人々を理解してゆかねばならなくなるからです。本気でサッカーの勝敗を追いかければ、ヨーロッパの国々の文化の深さ、中南米の人々のエネルギー、アジアの人々の持つタテとヨコの組織感覚などを、アメリカ人も理解するようになると思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米イスラエル首脳が会談、イラン核協議巡り見解に隔た

ビジネス

1月米雇用、13万人増と1年超ぶり大幅増 失業率4

ワールド

米テキサス空港の発着禁止解除、対無人機システム巡る

ビジネス

26年度の米財政赤字は1.853兆ドルに拡大の見通
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:習近平独裁の未来
特集:習近平独裁の未来
2026年2月17日号(2/10発売)

軍ナンバー2の粛清は強権体制の揺らぎか、「スマート独裁」の強化の始まりか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トランプには追い風
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    がんは何を食べて生き延びるのか?...「ブドウ糖」の…
  • 5
    一体なぜ? 中国でハリー・ポッターの「あの悪役」が…
  • 6
    【銘柄】「ソニーグループ」の株価が上がらない...業…
  • 7
    【独自取材】「氷上のシルクロード」を目指す中国、…
  • 8
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 9
    まさに「灯台下暗し」...九州大学の研究チームが「大…
  • 10
    あなたの隣に「軍事用ヒト型ロボット」が来る日
  • 1
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた実験室」に...抗生物質の「不都合」な真実とは
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 5
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予…
  • 6
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...…
  • 7
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 8
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新…
  • 9
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日…
  • 10
    【銘柄】「ソニーグループ」の株価が上がらない...業…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 4
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 5
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 6
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を…
  • 7
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 8
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 9
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story