コラム

ガイトナー訪中は「日本外し」か?

2009年06月03日(水)11時41分

 アメリカの経済関係のメディアでは、6月1日は丸一日、GMの破産法申請というニュースが中心でした。ですが、このビッグニュースも2日になると静かになってしまい、今度はガイトナー財務長官の訪中というニュースがトップ扱いになっています。先月には「金融機関へのストレステスト」というパフォーマンスを成功させて、一気に各金融機関が自力での資金調達をする道筋をつけたガイトナー長官にとって、どうして今のタイミングで中国なのでしょうか?

 例えば、ガイトナー長官が就任早々の時点で「中国は為替操作をしている」と発言して、中国当局との関係がギクシャクした、その「手打ち」をしに行ったという解説があります。この点について言えば、わざわざ修復のために出向かなくてはならないほど関係が悪化していたのかどうかはヤブの中ですが、同行取材をしているCNBCのスティーブ・リースマンとのインタビューを通じて語っているところでは、為替レートの問題と米国債の引き受けの問題を相当に突っ込んで話したのは事実のようです。

 基本的にアメリカとしては、人民元安が続いて廉価な輸入品が入り続けるのは困ります。これは、80年代に日本との間に起きた貿易赤字と為替の問題と同じです。だからといって、人民元が余り高くなると、中国側からの米国債の評価額が下がってしまうことになります。基本的にはまずこうした構図があります。ただ中国の場合は変動相場制には移行しておらず、ドルとの固定が続いており、レートの変更には一々政策としての決定が必要、この点は日本円とは事情が異なります。

 そんな中、世界ではここ数週間「ドルの信認」が少し揺らいでいます。景気回復を目的に余りにも公的資金を投入したので、その副作用として財政赤字が残るのは問題だとか予想よりも景気回復が遅れそうだという声は、まずは米国債の入札金利の上昇という現象として現れ、その結果としてユーロや円に対してジワジワとドルは下げています。これはオバマ政権にとっては困った話です。そんな中、今現在の状況としてはアメリカ経済と中国経済は利害が一致する、そんな条件が特に揃ったのだと言えるでしょう。

 為替に関して言えば、ドル安を阻止することが米中共通の利害です。またアメリカ経済が回復することは、中国にとっては「商品の販売先市場」としても「国債や不動産の投資家」としても歓迎できます。更に中国経済が手堅く成長してゆくことは、アメリカにとって利益になります。逆にアメリカの景気が再び急降下したり、中国経済が不調に陥るようなことは、お互いに取って悪夢のシナリオになるのです。

 そんなわけで、リースマンとのインタビューでガイトナー長官は「中国はアメリカの景気刺激策を評価してくれたし、我々も中国国内での景気刺激策を歓迎する」などと、まるで米中蜜月のような言い方をしていたことは、アメリカの経済界では至極当然のこととして受け止められています。そもそも、ガイトナー長官がこの時期の財務長官に任命された背景には、長官が中国通というバックグラウンドがあったのです。

 今回破産法適用に至ったGMにおいても、中国向け自動車(中国では何故か「アメリカントラッド」のテイストを持つGMの「ビュイック」が人気だそうです)の現地生産がリストラ策の目玉になっていますし、この2日には「ハマー」というGMのリストラ対象ブランドを中国企業が買収することが明らかになっていますが、これもそうした大きな流れからは十分に理解できる現象です。

 今回のガイトナー長官の行動について「やっぱり民主党政権だから日本は外されるのか......」という感想を持つ方もあるかもしれませんが、そんな心配は無用だと思います。たとえば、経済以外の文化的人的交流ということでは、米中関係は日米の密接な関係にははるかに及びません。例えば、本場の中国料理に憧れたり、中国のカルチャーに熱狂するアメリカ人はほんの僅かですし、そもそもアメリカの映画や音楽などのポップカルチャーは中国では部分的にしか許可されていません。

 中国からアメリカへの移民や留学生は膨大ですが、「民主」という一線を越えた人はアメリカに残って限りなく同化し、越えるのをためらう人は、アメリカ社会の思想ではなくテクニカルなノウハウだけを吸収して帰って行きます。アメリカ体験を自分の中で消化しながら「日本の長所を残しながらの改革を模索したい」と考えるような日本人や、「善悪二元論の限界を感じて日本のカルチャーに引き寄せられた」などというアメリカ人の「複雑な異文化交流ドラマ」は、米中の間では、まだ限られたところで、しかも秘められた形でしか起きていないのです。今のところ、米中とはビジネスのパートナーとしての割り切った関係であり、それ以上でも以下でもありません。

 それはともかく、米中の景気回復は、実は米中自身以上に日本に取って決定的に重要な話であり、逆に米中の経済関係がギクシャクすることは、日本経済にとっては大きな打撃になるのです。今回のガイトナー訪中は日本にとってはプラス材料以外の何物でもありません。「ジャパン・パッシング第二章」などと勝手に落ち込む必要はないのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米「夏のブラックフライデー」、オンライン売上高が3

ワールド

オーストラリア、いかなる紛争にも事前に軍派遣の約束

ワールド

イラン外相、IAEAとの協力に前向き 査察には慎重

ワールド

金総書記がロシア外相と会談、ウクライナ紛争巡り全面
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 3
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打って出たときの顛末
  • 4
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 5
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    主人公の女性サムライをKōki,が熱演!ハリウッド映画…
  • 8
    【クイズ】未踏峰(誰も登ったことがない山)の中で…
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 7
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 10
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story