Picture Power

【写真展】情景の「やまびこ」が日本とカナダで共鳴する

<日本とカナダの2つの祖国を持つ写真家・野辺地ジョージの写真展『やまびこ/Echo』(東京・カナダ大使館高円宮記念ギャラリー)が開催中。「ハーフ」ではなく「ダブル」の視点が生み出す和みのハーモニー> 日本とカナダの両国にルーツを持つ写真家、野辺地ジョージの写真展『やまびこ/Echo』では、日本とカナダでそれぞれの日常に起きた小さな奇跡の情景が、大海を越えて溶け合っている。 小学生まで日本で暮らした野辺地は、高校教師だった祖父の影響を強く受け、宮沢賢治や古事記、古今和歌集などの世界に浸った。その後カナダで過ごした経験は、何げない日常にある日本の美を捉える感性を育んだ。カナダでは勇壮な自然の中でも、身に染み込んだ「もののあはれ」や浮世絵などの日本特有の美的理念をもとに景趣を切り取ってきた。すると2カ国で制作した作品の中に、意図せず対となる写真が生まれていた。 東京・赤坂にあるカナダ大使館高円宮記念ギャラリーで開催中の写真展(5月10日まで)では、会場の右側にカナダ、左側に日本で撮影された写真が並ぶ。ここで紹介している対の写真は、太平洋をイメージした中央の広い空間を挟んで、両側の壁にそれぞれが離れて展示されている。 窓越しの風景は、内から外を眺めたのではなく、自らの「心の中をのぞいたもの」だと野辺地は言う。子供の頃には「純粋な日本人ではない」と言われ、カナダでも周囲のカナダ人とは違っていた。両国でアウトサイダーである孤独、「窓からはのぞけるが、どちらへも最後の領域までは踏み込めない自分」が投影されている。 だが、そこに否定的な感情はない。自分と両国との間に微妙な距離があればこそ、インサイダーには見えないものが見える。野辺地は「みんなとは少し違うことは決してマイナスではなくプラス。『ハーフ』ではなく『ダブル』の視点から眺める両国は一層輝かしく見える」と言う。カメラを手にすることでアウトサイダーからオブザーバー(観察者)へと転換し、いつもの風景を美へと昇華させていく。 会場中央にある野辺地のセルフポートレートは、海を隔てた両国の間で両者の本質を見つめる「第三の眼」。共鳴し合う写真の「やまびこ」が、野辺地の追い求める和みのハーモニーを奏でる。 【写真(上から)】 雄島、福井県(2021年) /マリーンレイク・ロード、アルバータ州ジャスパー国立公園(2022年) 特急サロベツの車窓、北海道(2019年)/フェリーの窓、ブリティッシュコロンビア州ホースシューベイ(2019年) 遊ぶ少年、金沢市鈴木大拙館(2017年)/遊ぶ子供と山火事の煙、ブリティッシュコロンビア州ノースバンクーバー(2018年) 愛の泉、京都市嵐山(2018年)/遊覧船、アルバータ州マリーンレイク(2022年) Photographs by George Nobechi 「やまびこ:日加修好95周年記念 野辺地ジョージ写真展」 5月10日まで、入場料無料。詳細はリンク先のカナダ大使館公式ページをご確認ください。 野辺地ジョージ(写真家) 1980年東京生まれ。2014年まで金融業界でトレーダーとして活動。米ニューヨークの写真祭「フォトヴィル」の鑑賞をきっかけに仕事を辞め、写真家となる。国内外のメディアやギャラリーで作品を発表する傍ら、写真家の育成や地方活性化にも携わる。写真祭「軽井沢フォトフェスト」総監督 【連載開始20周年】 Newsweek日本版 写真連載「Picture Power」 2024年4月9日号 掲載 ===== 写真家・野辺地ジョージの写真展『やまびこ/Echo』 --> 【写真(上から)】 雄島、福井県(2021年) /マリーンレイク・ロード、アルバータ州ジャスパー国立公園(2022年) 特急サロベツの車窓、北海道(2019年)/フェリーの窓、ブリティッシュコロンビア州ホースシューベイ(2019年) 遊ぶ少年、金沢市鈴木大拙館(2017年)/遊ぶ子供と山火事の煙、ブリティッシュコロンビア州ノースバンクーバー(2018年) 愛の泉、京都市嵐山(2018年)/遊覧船、アルバータ州マリーンレイク(2022年)

2024.04.03

【写真特集】青いシートが可視化した 不可視の人々

<東京の周縁を流れる多摩川の河川敷に点在するブルーシートが、都会の「見えない存在」を浮き彫りにする。包容力を失う大都市の裏の姿を描いた、写真家・時津剛の写真展「BEHIND THE BLUE」(東京・新宿のニコンサロン)が開催中> 私が大学進学のため上京して30年、そして新宿に住まいを定めてから20年がたった。 その間、東京では建築基準を緩和し、民間主導で都市を再生させるという「都市再生特別措置法」(2002年)が施行されたことを背景に、大規模な都市開発とタワーマンションの建設ラッシュが続き、東京五輪に向けた再開発も相まって、その表層は大きく変貌し続けている。 そして街を歩くとどうだろう。歩道橋や高架下、ビルとビルの隙間に設置されたフェンスや扉、人が横たわれないように肘かけが付いた公共のベンチ、都市のあらゆる隙間に現れ始めた「排除アート」とも呼ばれる奇妙なオブジェや突起物、そして、社会のデジタル化に呼応するかのように街にあふれ始めた監視・防犯カメラなど、小さな変化にも気付く。 都市開発に伴う地価高騰=ジェントリフィケーション(地域の高級化)が低所得者など生活弱者の排除につなが り、結果として街から包容力と多様性が失われることは世界的にも問題になっている。機能性や安全性、防犯性を重視した都市開発が進む東京でも、路上生活者が身を潜め、身を横たえる隙間は消えゆき、 彼らはますます「見えない存在」へとなりつつあるようだ。 東京の周縁を流れる多摩川の河川敷を歩いた。点在するブルーシートは、路上生活者が建てた即席の住まいだ。大工、調理師、トラック運転手、自衛隊員など、出会った人々が就いていた職業は多様で、出身地も北は北海道から南は沖縄までさまざまだ。バブル経済を懐かしむ者、遠い故郷に思いをはせる者、過去は捨てたとつぶやく者――。それぞれが、それぞれの物語をまといながら流れ着いている。都市の周縁をなぞるように立つブルーシートは、包容力を失いつつある都市=東京の写し鏡であり、彼らはモノを保護したり、隠したりするブルーシートによって皮肉にも可視化された「見えない存在」といえないだろうか。 私たちと彼らを隔てる糸のように流れる多摩川。都心とは対照的に豊かな自然が残るものの、時折起きる洪水対策として護岸工事が続いている。ここは彼らにとって終(つい)のすみかであり続けるのだろうか。ブルーシートの向こうに広がる、手触りのない無機質な都市の景色を眺めながら、思った。 ――時津剛(写真家) 1976年、長崎市生まれ。東京都立大学法学部政治学科卒。都市や人、現代社会をテーマに作品制作を続けている。東京都在住。写真展に『東京自粛 COVID-19 SELF-RESTRAINT, TOKYO』(2020年、PlaceM)、『CELL』(2018年、ソニーイメージングギャラリー銀座)、『DAYS FUKUSHIMA』(2012年、銀座ニコンサロン・2013年、大阪ニコンサロン)など。ここに掲載した作品を含む新作写真集『BEHIND THE BLUE 』を今月出版。写真展を東京・新宿のニコンサロンで2月5日まで開催(日曜休館)。 Newsweek日本版 写真連載「Picture Power」2024年1月30日号 掲載 「敷地」を主張するかのように立てかけられた木の枝。小屋の周囲で野菜などを栽培する者もおり、枝や板などで外部からの侵入を防ぐ 竹やぶの中に立つ小屋。快適さを求めて高床式になっている小屋もある 多摩川大橋の下に一筋の光が差す 多摩川沿いの高層ビル群。大規模な都市開発やタワーマンションの建設が続き、 東京近郊のスカイラインは、変貌し続けている 秋田県出身の男性(73)。竹やぶの中で、ひっそりと暮らす。地元の木工関係の学校を出て上京。多摩川に住んで20年になるという。 静かな語り口が印象的だった 色とりどりの花が咲き誇る春の多摩川。付近を散策する人もいるが、ブルーシートに注意を払う人はほとんどいない 路上生活者のスーツケース。 きちょうめんさの表れなのか、教会 から譲り受けたというカップラーメ ンや衣類が丁寧に詰められていた 多摩川沿いに咲き誇る桜の下で寝そべる花見客。ブルーシートは役割を変え、レジャーで活用されていた 北海道出身の60代男性。多摩川に住み7年ほどになる。若い時から居酒屋の調理師として働いたが、社長の息子がゴルフ場開発への投資に失敗。社長が失踪し男性は失職した。住まいのテントは、河川敷で練習する野球チームの監督から譲り受けた 沖縄県出身の男性(56)。17歳で上京。食肉倉庫で働いていたが、狂牛病の流行で輸入牛が激減し、30代半ばで派遣切りに。「家族は?」 との問いに、「過去は処分した──」とつぶやく 降雨の後のひび割れた地面。洪水対策の護岸工事の影響で「いつまで住み続けられるか分からない」と不安を口にする者もいた 多摩川の河川敷には多くの野球場がある。マウンドを覆うブルーシートが強風にあらがう

2024.01.23

【写真特集】ウクライナ戦争、フォトジャーナリスト93人の証言

<「全ての戦争は無意味であり、ウクライナ侵攻も例外ではない。戦争は命だけではなく愛、喜び、希望も根こそぎ奪う」(写真家/ジョン・スタンマイヤ

2023.11.10

【写真特集】相撲少女の情熱に魅せられた写真家の切なる願い

<ロシア人写真家ユーリア・スコーゴレワが、信じる道をひたすらに進む相撲少女阿部ななを追った写真展「Salt and Tears」(東京・六本

2023.10.27

【写真特集】香港から脱出した写真家が最後に描いた 今はなき故郷

<香港国家安全維持法(国安法)施行後、中国の統制強化は加速。香港脱出前に撮った故郷で過ごした最後の日々> 2021年5月に家族と共に香港を離

2023.10.25

【写真特集】ポーランドの露骨すぎる難民選別

<国境地帯では、反移民政策の下で中東やアフリカからの難民が非人道的な扱いを受けている> これまで、ポーランドは隣国ウクライナからの約97万人

2023.09.02

【写真特集】破壊の下に横たわるトルコ1万年の歴史

<トルコ南東部のハサンケイフは、ダム建設によって1万年以上の歴史と共に水没した> メソポタミア文明最古の都市の1つとされるトルコ南東部のハサ

2023.08.26

【写真特集】欧州最貧国アルバニアの油田が住民の健康と環境を蝕む

<油田採掘は、環境破壊や農作物・家畜の汚染など、社会と環境に重大な問題を引き起こした> バルカン半島に位置するアルバニアは、第2次大戦後の共

2023.08.22

【写真特集】過疎化が招くスペインの山火事と生活破壊

<老人だけが残された村々では、木材や製紙原料となる燃えやすいマツやユーカリが大量に植林されている> 私はスペイン北西部ルーゴ県を拠点に、過疎

2023.08.15

【写真特集】レバノンの海岸と自由をそれでも愛す

<真っ青な地中海の波打ち際には、日焼けした若者や高齢者が集い、太陽と海への愛を隠さない> レバノンの首都ベイルートの海沿いの遊歩道コルニッシ

2023.08.05
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特集:老人極貧社会 韓国
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2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

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