ヒエラルキーの大逆転!インフルエンサーカップルが豪華客船難破で経験する極限状態『逆転のトライアングル』

『逆転のトライアングル』 スウェーデンの鬼才リューベン・オストルンド監督の新作は再びカンヌ国際映画祭でパルムドールに輝いた。Fredrik Wenzel (C)Plattform Produktion
<売れっ子のモデルでインフルエンサーと、落ち目の男性モデルのカップルは、豪華客船のクルーズに参加するが船が難破。無人島で起きる極限状態......。スウェーデンの鬼才リューベン・オストルンド監督の新作は再びカンヌ国際映画祭でパルムドールに輝いた>
スウェーデンの鬼才リューベン・オストルンド監督の新作『逆転のトライアングル』は、コラムでも取り上げた前作『ザ・スクエア 思いやりの聖域』(17)につづいて再びカンヌ国際映画祭でパルムドールに輝いた。
売れっ子のモデルでインフルエンサーでもあるヤヤと、落ち目の男性モデルのカールのカップルは、招待を受けて豪華客船のクルーズに参加する。そこは、ロシアのオリガルヒ(新興財閥)や、軍需産業で財を築いたイギリス人老夫婦など、富豪たちが贅沢三昧のバケーションを満喫し、高額のチップを目当てにどんな要求にも応えるスタッフが笑顔を振りまく華やかな世界だ。
だが、アルコール依存症の船長が職務を怠るような行動をとったことから、乗客乗員は混乱に陥る。船は難破し、さらに海賊に襲われて破壊されてしまう。ヤヤとカールを含む何人かの乗客、スタッフ、クルーは無人島に流れ着く。彼らには食料も水も通信手段もない。そんな状況のなかで、主導権を握ったのは、魚を捕り、火も起こせるなど、サバイバル能力に長けた船の掃除係アビゲイルだった──。
救命艇は、ゲーテッド・コミュニティのような特権の象徴に
本作のなかで、視覚的に最も強烈なインパクトを放つのは、客船の船長が乗客をもてなすキャプテンズ・ディナーの場面だろう。アルコールのせいで冷静な判断ができなくなっている船長は、低気圧が接近する最悪のタイミングを選んでしまう。そのため、贅を凝らした料理が次々に振る舞われるものの、乗客は船酔いに苦しみ、会場は修羅場と化していく。
但し、乗客はただ船酔いに苦しむのではない。パーティのような設定は、オストルンドにとって格好のターゲットになる。たとえば、『インボランタリー』(08)では、誕生日パーティのホストが、準備した花火を誤って顔に受けてしまうが、対面を保つため苦痛に耐えつづける。『ザ・スクエア〜』では、美術館が開催したパーティで、猿に成りきるパフォーマンスがエスカレートしても、出席者たちは必死に平静を装い、行動を起こそうとしない。本作でも、乗客が平静を装おうとすることで状況が悪化し、嘔吐合戦が巻き起こる。
また、本作にはオストルンドの別の関心も読み取れる。彼は以前のインタビューで、特権的な集団が自分たちを周囲から遮断する極端な例として、スウェーデンにも登場するようになった"ゲーテッド・コミュニティ"にたびたび言及していた。
本作の世界にもそんな関心が反映されているように思える。富豪の接客にあたるスタッフはみな白人で、船の下層階では、料理や清掃を担当するアジア系やアフリカ系のクルーが働いている。無人島では、そんなヒエラルキーが逆転することになるが、オストルンドは救命艇を使ってそれを巧みに強調してみせる。
清掃係のアビゲイルを乗せて海岸に漂着した救命艇は密閉型で、外部から遮断することができる。主導権を握ったアビゲイルは、その救命艇を占有し、彼女の許しを得た者だけがそこで過ごすことができる。そんな救命艇は、ゲーテッド・コミュニティのような特権の象徴になっている。
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