コラム

パレスチナ自治区ガザの美容室で、戦闘に巻き込まれた女性たちの恐怖と抵抗

2018年06月22日(金)16時30分

美容室の周辺は戦闘状態になる『ガザの美容室』

<パレスチナ自治区ガザの美容室を舞台に、戦闘に巻き込まれ、監禁状態となった女性たちを描く>

2009年に公開されたレバノン映画『キャラメル』では、ベイルートにある美容室を主な舞台に、悩みや秘密を抱える5人の女性たちの姿が描き出される。そんなドラマからは、戦争やテロなどの悲劇ばかりが注目されがちな中東の国で生きる女性たちの日常が浮かび上がってくる。

内部分裂も起きるガザ

パレスチナ映画『ガザの美容室』にも、それに通じるアプローチがある。舞台はパレスチナ自治区ガザにある美容室で、結婚式を目前に控えた女性と彼女の実母と義母、臨月の妊婦と彼女の妹、離婚調停中の主婦、女性だけの場でもヒジャブを取らない敬虔なムスリムの主婦、戦争で負傷した夫に処方される薬物に手を出し、依存症になりかけている主婦など、世代や価値観が異なる様々な女性たちが登場する。

もちろん中東とはいっても、西欧化されつつあるレバノンと、イスラエルに軍事封鎖され、イスラム組織ハマスに支配され、内部分裂も起きるガザでは、女性たちを取り巻く状況がまったく違う。

『ガザの美容室』では、美容室で陣痛が始まった妊婦のためにタクシーを呼んだその時に、店の前の通りに銃声が鳴り響き、マフィアに対するハマスの攻撃が始まる。この衝突は、2007年にハマスがガザのマフィアに対して行った掃討作戦がもとになっているという。

美容室の周辺は戦闘状態となり、女性たちは店に取り残され、異様な緊張を強いられる。この映画では、舞台をほとんど美容室の内部に限定して、そんな切迫した状況を描き出していく。

ハマスに表現が制限されるガザでの映画作り

しかし、『キャラメル』との違いは、単に女性たちを取り巻く状況だけではない。筆者が注目したいのは、監督の視点や感性だ。『キャラメル』は、女性監督のナディーン・ラバキーが、西欧と中東の文化の狭間で揺れるレバノン女性たちを描いた作品だった。これに対して、『ガザの美容室』の監督は男性、一卵性双生児の兄弟タルザン&アラブ・ナサールだ。

『ガザの美容室』は兄弟にとって初の長編になるが、彼らの経歴はその表現に様々な影響を及ぼしているように思える。

タルザン&アラブ・ナサールは1988年、ガザ生まれ。彼らが生まれたのは、ガザ地区にあった最後の映画館が閉館した1年後だった。彼らはガザにある大学で美術を専攻する。目指していたのは映画監督で、海外で映画を学ぶことを望んでいたが、ガザから出ることができず、独学で映画作りを身につけていく。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

利上げの可能性、物価上昇継続なら「非常に高い」=日

ワールド

アングル:ホームレス化の危機にAIが救いの手、米自

ワールド

アングル:印総選挙、LGBTQ活動家は失望 同性婚

ワールド

北朝鮮、黄海でミサイル発射実験=KCNA
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 4

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 5

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story