コラム

スマホ越しの悪魔祓いもあり 現代の「エクソシスト」のリアルに迫る

2017年11月17日(金)16時30分


「アモルス神父をはじめとするエクソシストたちは、本物の悪魔憑きは非常にまれであると主張している。自分自身や家族のためにエクソシストを探している何千人ものイタリア人のうち、ほんとうに悪魔に憑かれている者はごく少数だという。ほとんどの場合、エクソシストは本格的な悪魔祓いを行わず、"解放の祈り"を捧げるだけにとどまる。これは基本的に悪魔祓いとおなじものだが、儀式のすべてを行なうわけではない」

この文章は、エクソシストが、悪魔に憑かれていない人間にも解放の祈りという儀式を行うことを意味する。悪魔に憑かれていることを見極めるには、悪魔祓いをするしかないというのがその理由だ。しかし、医師たちは、悪魔祓いが患者に強い暗示をかけることを危惧する。「精神の不安定な者や、他人の影響をうけやすい者は、自分が憑依されていると思いこみ、司祭を喜ばせたいという無意識の欲求などから、悪魔憑きの症状を模倣してしまうことがある」

この映画に登場する神父も、その解放の祈りを行っている。しかも、目の前の信者に対して一対一で行うのではなく、集団や電話で行っている。但し、この神父は自ら望んでそうしているわけではない。彼は車で移動する最中にこんなグチをこぼす。「この仕事で疲労困憊するのに、誰も気づいていない。主が望むことだからと自分を慰めている。先も短いし」。人のよい神父は、押し寄せる信者をひとりでも多く救うためにそのような方法をとらざるを得なくなっているのだ。

だが、それがほんとうに信者を救うことになるとは限らない。信者をみな受け入れ、集団で解放の祈りを行えば、信者が相互に影響を受けるかもしれない。さらに、何らかの病気に苦しむ信者が、自身の問題を直視せずに悪魔を信じようとし、神父がそんな人々を勇気づけるという悪循環が生まれるかもしれない。電話で解放の祈りを行えば、悪魔祓いがもはや特殊なものではなく、信者の日常生活の一部になっていく。

「癒し」のために悪魔を必要とする

ディ・ジャコモ監督が関心を持っているのは、信者の求めに応じて変容を遂げていく悪魔祓いが、信者たちに及ぼす影響だ。この映画では彼女が、憑依されたとされる3人の信者を特に注視していることが次第に明らかになる。

ひとりは、外出すると起こる原因不明の発作に悩まされている主婦だ。彼女は解放の祈りのミサが終わると、そこで出会って友人になった信者とお互いの体験を語り合う。だが、そんな関係がやがて重圧となり、彼女の精神状態を悪化させる。

また、彼女の場合には、神父の振るまいが重要な意味を持っている。神父は医師とは違い、信者と感情を共有しようとして、やさしく抱きしめたり、そっと肩に手を置いたりする。彼女には抱きしめられることが癒しとなり、そのために悪魔を必要としているようにも見えるからだ。

二人目は、神経症的で口うるさい父親との間に確執がある少女だ。彼女の憑依は、父親に対する反抗と見ることもできる。そんな関係が改善されないため、彼女の症状は悪化し、悪魔を必要としているかのような態度をとるようになる。また、暗示が彼女に影響を及ぼしている可能性もある。彼女とは直接関係ないが、それ以前に、神父同士が、憑依の性質を擬人化することで、信者が次第にそれに慣れ、追い出したくなくなる危険について語り合うシーンが盛り込まれているのだ。

最後は、薬物依存から抜け出せず、家族に家から閉め出された少年だ。彼は信仰に無関心でありながら、憑依を確信している。そんな彼は神父に対して、儀式で凶暴になれば相手にされるのに、落ち着いていると後回しにされることへの不満をぶちまける。

ディ・ジャコモ監督はこの映画で、悪魔祓いに対して断定も批判もしていないが、彼女が切り取る映像の積み重ねは、深刻な悩みを抱えた人々を引き寄せる悪魔祓いが逆に悪魔を生み出していることを示唆している。

《参照/引用文献》
『バチカン・エクソシスト』トレイシー・ウイルキンソン 矢口誠(文藝春秋、2007年)


公開:11月18日(土)より、シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー
(c)MIR Cinematografica - Operà Films 2016

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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