コラム

『ブレードランナー』続編抜擢、注目監督のSF映画:『メッセージ』

2017年05月18日(木)17時00分

世界各地に巨大な宇宙船が出現…。注目監督の新作『メッセージ』

<『ブレードランナー』の続編の監督に抜擢されて注目されるカナダ・ケベック州出身のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督は、ケベックの「多文化主義」という背景が独自の世界観を培って来た>

以前、『ボーダーライン』(15)を取り上げたドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の新作『メッセージ』は、テッド・チャンの短編小説「あなたの人生の物語」を原作とするファーストコンタクトもののSFだ。

【参考記事】アメリカ本土を戦場化する苛烈なメキシコ麻薬「戦争」

ある日突然、世界各地に巨大な宇宙船が出現する。エイリアンと意思の疎通を図るために軍に雇われた言語学者ルイーズは、宇宙船へと足を踏み入れ、彼らが描く文字を解読しようと試みる。だが、時間の経過とともに大国の足並みは乱れ、エイリアンに対する攻撃の準備が進められていく。

この映画は予備知識が少ないほど想像力をかき立てられるので、内容にはあまり踏み込まない。ここでは、ヴィルヌーヴのバックグラウンドと、20年以上のキャリアを持つ彼が、その出発点で開示していた独自の世界観が新作に見事に引き継がれていることを確認しておきたい。それを頭に入れておけば、SFとは異なる観点から作品をとらえることもできるはずだ。

世界の注目を集めるカナダの俊英たち

この数年、ヴィルヌーヴやジャン=マルク・ヴァレ、グザヴィエ・ドランといったカナダの俊英たちが、メジャーな映画祭やアカデミー賞を賑わせ、世界の注目を集めているが、彼らがみなケベック州出身なのは必ずしも偶然ではないだろう。

カナダは世界に先駆けて国の政策として多文化主義を導入した。その政策には二本の柱がある。一本はケベック州と残りのカナダがひとつの国家としてどう存在すべきなのかという課題に答える二言語併用主義であり、もう一本はイギリス系・フランス系以外の文化集団をどう位置づけるかという課題に答える多文化主義だ。そんな背景はケベック人の意識に様々な影響を及ぼしている。たとえば、ケベック州出身で、日本でも映画を作ってきたクロード・ガニオン監督は、沖縄で『カラカラ』(12)を撮った理由を以下のように語っている。


「これが理由のすべてではありませんが、沖縄の歴史に共感をおぼえます。ケベックも沖縄も侵略された過去を持ち、大きな国の一部になってからも独自の文化を守ってきました。その経験が人々の気質を形づくっているように思います。沖縄人と日本人とでは、日本に対する見方が異なります。同じ日本国民でありながら、違う存在なのです。ケベック人の多くがカナダとの違いを感じているように、沖縄の人々は違いを感じています」(『カラカラ』プレスより)

ヴィルヌーヴ、ヴァレ、ドランは、異文化や他者との関係に対して鋭敏な感性を備え、それぞれに独自の世界を切り拓いてきた。そんな彼らの視点は、分断されつつある現代の世界を掘り下げる武器にもなる。なかでも異彩を放っているのがヴィルヌーヴの世界観だ。ヴィルヌーヴの映像作家としての出発点は、多文化主義と深く結びついている。90年にラジオ・カナダが主催する新人映像作家のコンペティションで優勝した彼は、カナダ国立映画庁の企画として短編を手がけることになった。その条件は多文化主義をテーマにすることで、彼は『REW-FFWD』(94)という30分の短編を完成させた。そこにはすでに独自の世界観がはっきりと刻み込まれている。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アップル、1─3月業績は予想上回る iPhoneに

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、円は日銀の見通し引き下げ受

ビジネス

アマゾン第1四半期、クラウド事業の売上高伸びが予想

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任し国連大使に指
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story