コラム

『ブレードランナー』続編抜擢、注目監督のSF映画:『メッセージ』

2017年05月18日(木)17時00分

独自の世界観の出発点

『REW-FFWD』の主人公は、「ペリスコープ」という雑誌のカメラマンだ。仕事でジャマイカを訪れていた彼は、迷い込んだトレンチタウンのスラム街で車が故障してしまう。そこで最初は悪夢のような状況に怯えているが、地元の男に案内されて街を歩き回るうちに、住人や彼らの音楽に魅了されていく。

いきなりジャマイカというのは極端な気もするが、細部を見落とさなければ、カナダがジャマイカからの移民を受け入れてきた歴史を踏まえた設定であることがわかるだろう。主人公の目的は、76年のミス・ワールドを探すことだ。その年のミス・ワールドは、ジャマイカのモデルだったシンディ・ブレイクスピアで、彼女はジャマイカ人の父とカナダ人の母の子としてトロントで生まれ、4歳のときにジャマイカに移住した。そして後にボブ・マーリーと出会い、ダミアン・マーリーの母親になる。

しかし、この短編で最も興味深いのは、その構成だ。映画の冒頭では、ブラックボックスと呼ばれる装置が映し出され、声だけで登場する精神科医が、その装置に主人公のすべての記憶、経験、息遣いまでもが記録されていると説明する。装置には、再生、停止、巻き戻し、早送りのボタンがあり、作品のタイトルも巻き戻し・早送りを意味している。

そこで主人公が装置を操作することで、時間を前後させながら彼の物語が浮かび上がってくる。そんな映像の断片には、旅立つ前の彼が、編集部でジャマイカに対する先入観を植え付けられる場面も含まれている。但し、再現されるのは彼の体験だけではない。一方にはドキュメンタリーの要素があり、挿入されるインタビューがジャマイカの歴史やラスタファリズムのレクチャーになる。さらにもう一方では、主人公の無意識を象徴する映像も盛り込まれ、精神科医が語るところの"サイコドラマ"になっていく。

この短編には、ヴィルヌーヴの世界観や表現が集約されている。彼が紡ぎ出す物語には、ふたつの流れがある。ひとつは、主人公を取り巻く現実であり、彼はそれをドキュメンタリーのように描く。もう一方には、時間に縛られない無意識の領域があり、現実が再構成されることによって、主人公を覚醒や解放、あるいは異なる次元へと導く。

言語や文字の限界を超えようとする

ヴィルヌーヴのこれまでの作品には、そんな世界観が様々なかたちで盛り込まれていたが(特に『渦』や『灼熱の魂』)、新作ではそれが前面に押し出されている。ヒロインの言語学者は異文化の領域へと踏み込む。この映画では、そんな彼女の地道な作業がフィクションというよりはドキュメンタリーのように描き出される。それと同時に、彼女の無意識の領域が重要な位置を占めていく。

そして、『REW-FFWD』の主人公が、言葉を超えた音楽を通してジャマイカ人と共鳴するように、この映画のヒロインも、言語や文字の限界を超えようとすることで、異次元へと導かれる。ヴィルヌーヴが自身の出発点を再確認し、そこから大きく進化を遂げた『メッセージ』を観ると、次回作である『ブレードランナー』の続編がさらに楽しみになる。


『メッセージ』
公開:5月19日(金)よりTOHOシネマズ 六本木ヒルズ他全国ロードショー
.

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

FRB理事候補ミラン氏、政権からの利下げ圧力を否定

ワールド

ウクライナ安全保証、26カ国が部隊派遣確約 米国の

ビジネス

米ISM非製造業指数、8月は52.0に上昇 雇用は

ビジネス

米新規失業保険申請、予想以上に増加 労働市場の軟化
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...地球への衝突確率は? 監視と対策は十分か?
  • 2
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害」でも健康長寿な「100歳超えの人々」の秘密
  • 3
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 4
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 5
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 6
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 7
    世論が望まぬ「石破おろし」で盛り上がる自民党...次…
  • 8
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 9
    SNSで拡散されたトランプ死亡説、本人は完全否定する…
  • 10
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 10
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story