コラム

MMT理論の致命的な理論的破綻と日本がもっともMMT理論にふさわしくない理由

2019年07月25日(木)16時30分

国債を中央銀行が引き受けて市場機能が働いていなければ無駄な支出に歯止めがきかない F3al2-iStock

<MMT理論が肯定的に評価される日本だが、インフレの起きない日本経済との相性はむしろ最悪だ>

世界的に、いまだにMMT理論が話題になっているのは日本だけだ。そしてそれ以上に日本が特殊なのは、MMT理論に対して一定の肯定的な評価があることである。

日本がMMTにもっとも相応しくない経済である(社会、政治的状況ではなく、「経済」が、である)にも関わらず、このような現象が起きているのは極めて危険だ。

サマーズもスティグリッツも日本に関心がないからこの問題に気づいていないし、ケルトンは理解力不足でMMT理論の本質を理解していないから、問題を正反対に捉えている。

つまり、日本人たちをせせら笑うように、インフレが20年間も起こせなかった日本で、インフレの心配ばかりの質問を受けるとは、と皮肉った。

ケルトンは何もわかっていない。インフレが起きない国でこそ、MMT理論はもっとも危険なのだ。

財政赤字を気にしない日本人

インフレが起こる国であれば、MMT理論(というよりは現在の論者が提唱する財政支出の大規模な拡大)は問題ない。支出が多すぎれば、インフレをもたらし、すぐに財政支出の拡大が経済に悪影響をもたらすことが認知され、財政支出が極端に過度になる前に止まる。

しかし、インフレが起きにくいとしたらどうだろう。

財政支出は無限に膨らみかねない。だから、日本でMMTは危険なのだ。

日本ではインフレが起きにくい。だから、財政支出が課題となっても、現在世代の人々はそれが経済を傷めていることに気づかない。

これがMMT理論の最大の問題点である。

MMTの問題点はインフレになることではない。インフレにならない場合に起こる、過剰な財政支出による資源の浪費(経済学的に言えば、非効率な配分)なのだ。

インフレが起きるのはむしろ歓迎だ。ハイパーインフレにならないほうがいいが、まったくインフレが起きず、永遠に無駄遣いが続き、日本経済がゼロになってしまうよりは、早くハイパーインフレで財政支出ができなくなり、政府の倒産(デフォルト)という形で、日本経済が完全になくなる前に再スタートが切れたほうがよい。企業が最後まで無理をして、破産するよりも生きているうちに倒産して、新しい経営者の下で再生を図ったほうが良いのと同じである。

したがって、インフレになる、という批判はMMTに対してまったく的外れであり、むしろ彼らの主張を正当化するものであるから、サマーズやステグリッツも、日本の批判者もケルトンをやっつけ切れないのである。ましてやハイパーインフレでも実は意味がある可能性があるから、まったく理論的にも彼らは破綻しない。

プロフィール

小幡 績

1967年千葉県生まれ。
1992年東京大学経済学部首席卒業、大蔵省(現財務省)入省。1999大蔵省退職。2001年ハーバード大学で経済学博士(Ph.D.)を取得。帰国後、一橋経済研究所専任講師を経て、2003年より慶應大学大学院経営管理研究学科(慶應ビジネススクール)准教授。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。新著に『アフターバブル: 近代資本主義は延命できるか』。他に『成長戦略のまやかし』『円高・デフレが日本経済を救う』など。

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