コラム

誰が金融政策を殺したか(前半)

2015年09月28日(月)18時00分

 これにより、金融政策とは、中央銀行と投資家の戦い、リーダーシップ争いという、本来副次的な要因だったものが、正々堂々と正面に来てしまったのである。

 しかし、こうなっては中央銀行の面目が立たない。立たないだけでなく、金融政策の効果自体が失われてしまう。だから、市場の投資家達の安易な甘えに迎合することは、良くないこと、避けなければいけないこととなり、その重要性が高まった。

 現在の金利の引き上げ、ゼロ金利解除は、この問題に直面しており、同時に転換点に当たる。緩和縮小から引き締め開始の転換点、という本来の金融政策としてももっとも難しい問題のタイミングに来ている。この二つの転換が重なり、中央銀行の意思決定は複雑になっているのである。

 米国について具体的に言えば、本来、9月に利上げする必要はない。無理する必要はどこにもないのだ。実体経済は良い。失業率は最低水準で、ほぼ完全雇用だ。ここで利上げしない理由は、米国実体経済からするとない。

 さらに、実体経済に対しては利上げは、直接はマイナスではない。部分的には過熱も見られ、インフレ率は上がっていないが、ゼロ金利という異常な事態を続ける理由はない。だから、彼らは金利引き上げでも金融引き締めでもなく、ノーマライゼーション(normalization、正常化)という言葉を使い続けているのだ。

米利上げ先送りは権威失墜の表れ

 しかし、ここまで慎重に利上げを先送りしてきたのは、利上げという転換点を100%無事に通過するためだったのだ。慎重に慎重を期したのは、実体経済に対しては問題がなくとも、投資家達が騒いで、金融市場でリスク資産、株式などが暴落すれば、それは間接的に、実体経済にも影響する。さらに一番困るのは、恨んだ投資家達が、すべてを金融政策の失敗、中央銀行の政策ミスのせいにする。やっかいなのは、言わせておけばいいわけでもなく、世論も暴落に対しては投資家の味方をする可能性があり、そうなると、今後の金融政策への批判や懐疑が強まり、今後の政策に関してリーダーシップを発揮しにくくなる、中央銀行の権威が低下し、金融政策のグリップが効かなくなってくる、弱まってくる、という懸念があるからだ。

 しかし、一方で、このような配慮により利上げを先送りすること自体が、権威の失墜であり、リーダーシップ争いに負けたことを意味している。ここで上げられなければ、それは、投機家達に一生おべっかを使うことになり、一生上げられない、ということになってしまう。リーダーシップの観点からは、利上げを実施すべきだ、という議論が強まってくる。

プロフィール

小幡 績

1967年千葉県生まれ。
1992年東京大学経済学部首席卒業、大蔵省(現財務省)入省。1999大蔵省退職。2001年ハーバード大学で経済学博士(Ph.D.)を取得。帰国後、一橋経済研究所専任講師を経て、2003年より慶應大学大学院経営管理研究学科(慶應ビジネススクール)准教授。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。新著に『アフターバブル: 近代資本主義は延命できるか』。他に『成長戦略のまやかし』『円高・デフレが日本経済を救う』など。

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