コラム

世界が反緊縮を必要とする理由

2018年08月01日(水)17時20分
世界が反緊縮を必要とする理由

『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう──レフト3.0の政治経済学』が話題だ

<現在の世界経済を貫く経済政策上の基本的な対立軸は、もはや政治イデオロギーにおける右や左ではなく、「緊縮vs反緊縮」である...>

経済論壇の一部ではいま、本年の4月に出版された『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう――レフト3.0の政治経済学』(ブレイディみかこ・松尾匡・北田暁大、亜紀書房)が話題になっているようである。

ただし、ネット上の書評などをぱらぱらと見てみると、その受け取られ方は必ずしも好意的なものばかりではない。むしろ、この本に関する書評や論評に関して言えば、長々と書き連ねているものほど辛辣な内容で埋め尽くされていることが多い。そして、そうした執拗な批判の書き手は、明らかに右派ではなくて左派である。

同書がこのように、左派的な読者の一部から強い反発を受けている理由は明白である。それは要するに、同書が、左派的な人々が蛇蝎のように嫌っている現在の安倍政権の経済政策すなわちアベノミクスを、「金融緩和プラス拡張財政」というその骨格的な部分において肯定しているからである。

もちろん、同書の3人の著者はいずれも左派を自認する論者であるから、アベノミクスの一部を是認してはいても、安倍政権そのものを支持しているわけではない。というよりも、少なくともその政治的なスタンスとしては、この3人の論者は明らかに「アベ政治を許さない」と叫んでいる側に近い。

にもかかわらず本書が反安倍を掲げる左派から目の敵にされているのは、「じゃぶじゃぶの金融緩和で株価を引き上げただけ」、「悪性インフレやハイパーインフレの種を撒いた」、「財政バラマキによる将来世代へのツケ回し」、「財政規律を失わせて財政破綻を招き寄せている」といった、これまでの左派による定番のアベノミクス批判が的外れであることを指摘し、それらを容赦なく切り捨ていているからである。

さらには、アベノミクスが発動されて以降、経済状況とりわけ人々の生活に直結する雇用状況が民主党政権以前と比べて明確に改善しているという、左派の人々にとっては受け入れ難い事実を事実として指摘し、安倍政権への特に若い世代から高い支持がこうした雇用改善に基づくものであることを冷静に分析しているからである。

アベノミクスの把握と評価をめぐるこうした左派における「分断」は、現在の世界経済を貫く経済政策上の基本的な対立軸が、もはや政治イデオロギーにおける右や左ではなく、「緊縮vs反緊縮」であることを示唆している。同書の著者たちはもちろん、人々にいま必要とされているのは反緊縮政策であること、そして左派こそがその反緊縮の中核を担うべきことを主張する。

しかしながら、アベノミクスに対する左派からの反応の多くは、上の定番的批判が示すように、要するに「緊縮の側からのアベノミクス批判」の左派的形態にすぎない。同書はその問題性を、あえて左派の内部から提起しているのである。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

MAGAZINE

特集:香港の出口

2019-8・27号(8/20発売)

拡大する香港デモは第2の天安門事件に? 中国「軍事介入」の可能性とリスク

人気ランキング

  • 1

    「TWICEサナに手を出すな!」 日本人排斥が押し寄せる韓国でベテラン俳優が問題提起

  • 2

    韓国金融当局、独10年債利回り連動デリバティブを調査 莫大な損失の恐れ

  • 3

    韓国・8月15日、文在寅大統領の退陣要求集会には、安倍政権批判集会以上が参加か

  • 4

    韓国で広がる東京五輪不参加を求める声、それを牽制…

  • 5

    日本の重要性を見失った韓国

  • 6

    韓国で日本ボイコットに反旗? 日本文化めぐり分断…

  • 7

    香港デモと中国の対立が台湾に飛び火、三つ巴の緊張…

  • 8

    韓国、日本との軍事情報協定破棄へ 米国防総省「強い…

  • 9

    過熱する韓国キッズ・ユーチューバー ベンツ運転から…

  • 10

    異例の猛暑でドイツの過激な「ヌーディズム」が全開

  • 1

    寄生虫に乗っ取られた「ゾンビ・カタツムリ」がSNSで話題に

  • 2

    韓国・8月15日、文在寅大統領の退陣要求集会には、安倍政権批判集会以上が参加か

  • 3

    日本の重要性を見失った韓国

  • 4

    世界が発想に驚いた日本の「ロボット尻尾」、使い道…

  • 5

    ハワイで旅行者がヒトの脳に寄生する寄生虫にあいつ…

  • 6

    韓国金融当局、独10年債利回り連動デリバティブを調査…

  • 7

    「TWICEサナに手を出すな!」 日本人排斥が押し寄せる…

  • 8

    日韓対立の影響は?韓国経済に打撃大きく、日本経済…

  • 9

    韓国人はなぜデモがそんなに好きなのか

  • 10

    異例の猛暑でドイツの過激な「ヌーディズム」が全開

  • 1

    寄生虫に乗っ取られた「ゾンビ・カタツムリ」がSNSで話題に

  • 2

    日本の重要性を見失った韓国

  • 3

    2100年に人間の姿はこうなる? 3Dイメージが公開

  • 4

    異例の猛暑でドイツの過激な「ヌーディズム」が全開

  • 5

    韓国で日本ボイコットに反旗? 日本文化めぐり分断…

  • 6

    ハワイで旅行者がヒトの脳に寄生する寄生虫にあいつ…

  • 7

    「韓国の反論は誤解だらけ」

  • 8

    韓国・8月15日、文在寅大統領の退陣要求集会には、安…

  • 9

    デーブ・スペクター「吉本」「日本の芸能事務所」「…

  • 10

    「韓国に致命的な結果もたらす」日韓の安保対立でア…

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

英会話特集 資産運用特集 グローバル人材を目指す Newsweek 日本版を読みながらグローバルトレンドを学ぶ
日本再発見 シーズン2
CCCメディアハウス求人情報
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
CHALLENGING INNOVATOR
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

絶賛発売中!