コラム

吉田都と「バレエ王子」ツァオ・チー

2010年07月20日(火)15時07分

 英ロイヤル・バレエ団でプリンシパル(最高位のダンサー)を務めた吉田都(44)が6月の日本公演(『ロミオとジュリエット』)を最後に、同バレエ団を引退した。

 フリーとして現役を続行するようだが、今後日本に拠点を移してどんな活動をしていくのか楽しみだ。世界で活躍するバレエダンサーの中心は20代で、30代には引退するケースが多く、吉田の44歳という年齢だけを考えればもう最盛期は過ぎていると言っていい。それでも彼女の踊りを観たいというファンはまだまだたくさんいるし、後進を育てるという意味でも大きな役割があるだろう。
 
 彼女の安定した足さばき、美しいピルエット(回転)は本当に見事なのだ。

 少し前になるが、吉田の4月の引退公演『シンデレラ』について4月27日付け英タイムズ紙が公演評を書いている。「バレエファンにとって、素晴らしい新人の登場ほどわくわくすることはない。そして、愛するスターに別れを告げることほど心に迫るものはない」という書き出しで、「95年にロイヤル・バレエ団に加わった彼女は、私たちの心の中に特別な場所を刻み込んだ。それも、華々しい仲間たちのようにあからさまな自己宣伝をすることなく」と、彼女の控えめだが確かな実力を称賛。「彼女の踊りは相変わらず華麗で、楽しくて、最高レベルのテクニックを保つという厳しさとは反対に、楽々と流れるように続いていく」と評した。

 ダンサーの「引き際」の難しさについては、昨年、60歳を過ぎても踊り続ける森下洋子の舞台を見て考えさせられた。いくら努力しても、20代と60代が体力的に同じでいられるはずはなく、その分をオーラや表現力でカバーしているのだが、どうしてもかつて人気だったバンドの再結成コンサートにあるような「実力よりもネームバリュー」感が漂う。特に森下の夫であり、主役を張る清水哲太郎(62)の姿には、「彼に代われるダンサーはいっぱいいるだろうに」と思ってしまった(松山バレエ団の森下の公演には、夫の清水がもれなく付いてくる、という感じ)。

 そう、若くて素敵なダンサーはいっぱいる。例えば8月公開の映画『小さな村の小さなダンサー』で主演を務めたツァオ・チー。現在、英バーミンガム・ロイヤル・バレエ団のプリンシパルだ(映画の宣伝では「中国のバレエ王子」と称している模様)。

 映画は、81年に中国からアメリカに亡命した名ダンサー、リー・ツンシンの著著『小さな村の小さなダンサー』(旧タイトル『毛沢東のバレエダンサー』、徳間書店)が原作で、時代に翻弄されるダンサーの実話が感動的な物語に作り上げられている。映画初出演のツァオだが、バレエシーンはもちろん演技もなかなかの力を見せている。
 
 先日、ツァオにインタビューしたところ、「日本のバレエでは小さな頃から『踊る』けれど、中国では最初の2年間くらいはストレッチや体力づくりばかり。かなり退屈なんだけど」と語っていたのが印象的だった。なんとなく中国らしいというか......。

 ちなみにバーミンガム・ロイヤル・バレエ団は吉田がロイヤル・バレエに移る前に在籍し、芸術監督ピーター・ライトの下、その名前を知られていったバレエ団だ(両者は王立のきょうだいバレエ団)。吉田とツァオはかなり親交があるらしい。

――編集部・大橋希

このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:ドローン大量投入に活路、ロシアの攻勢に耐

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダックほぼ変わらず、トラ

ワールド

トランプ氏、ニューズ・コープやWSJ記者らを提訴 

ビジネス

IMF、世界経済見通し下振れリスク優勢 貿易摩擦が
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 3
    「想像を絶する」現場から救出された164匹のシュナウザーたち
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 6
    「二次制裁」措置により「ロシアと取引継続なら大打…
  • 7
    「どの面下げて...?」ディズニーランドで遊ぶバンス…
  • 8
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 9
    「異常な出生率...」先進国なのになぜ? イスラエル…
  • 10
    アフリカ出身のフランス人歌手「アヤ・ナカムラ」が…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 8
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 9
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story