コラム

なぜイギリスは良くてフランスはダメなのか? 大地震でもモロッコが海外の救助隊を拒む理由

2023年09月15日(金)14時40分

モロッコは形式的には立憲君主制だが、実質的には王族や軍隊が大きな権力を握る国だ。

そのモロッコでは近年、格差や政府の腐敗などへの不満から大規模な抗議デモが頻繁に発生している。2016年10月には、北部アルホセイマで魚の行商人が警察官に殺害されたことをきっかけに数万人規模のデモに発展した。

さらにコロナ禍やウクライナ戦争は8%前後のインフレを招き、今年6月には最大都市カサブランカで生活苦を理由とする大規模なデモも発生している。

そのモロッコでは大地震への対応への不満が高まっている。

こうしてみた時、海外の救助隊をできるだけ絞り込もうとする一因に、モロッコ政府が国内の暗部に光が当たるのを恐れていることがあるとみても無理はない。

西サハラをめぐる温度差

だとすると、最後の疑問としてあるのは「なぜ4カ国だけ救助活動は認められたか」である。

イギリス、スペイン、UAE、カタールには一つの共通項がある。国際的に評判の悪い、しかし無視されやすい西サハラ問題でモロッコの立場に理解を示していることだ。

モロッコ南部にある西サハラでは現地に多いサフラウィ人が1976年にサハラ・アラブ民主共和国の独立を宣言したが、モロッコが歴史的領有権を主張して全土を実効支配し、サフラウィ人を「テロリスト」として弾圧してきた。

これに対して、周辺のアフリカ諸国はサハラ・アラブ民主共和国を国家として承認しているが、日本を含むほとんどの先進国はモロッコとの関係を優先させ、その占領政策にあえて触れないようにしてきた。

しかし、7月に(アメリカの同盟国だが国際的に評判の悪い占領政策を行なっているという点では同じ立場の)イスラエルが西サハラをモロッコの領土と認めたことで、他の先進国にもこれに追随する動きが一部にあり、とりわけモロッコ沿岸の漁業権をめぐって深い関係をもつスペインとともに、イギリスはモロッコが最も期待をかける国とみられる。

今年4月、イギリスの権威ある新聞The Timesは「モロッコの主権を認めるべき」という論考を堂々と掲載している。

逆にこの点でフランスは態度を鮮明にしていない。

イギリスはフランスとともにアフリカで大きな影響力を持つライバルで、フランスの凋落はイギリスのアドバンテージになる。

昨年、モロッコ国王モハメド6世は「サハラ問題はモロッコが世界をみるときのレンズである」と述べている。この観点からみれば、大地震でどの国の救助隊を受け入れるかにも西サハラの影があったとみられる。

自然災害には人間の世の中の問題を浮き彫りにする一面がある。モロッコ大地震もその例外ではないと言えるだろう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ルイジアナ州に州兵1000人派遣か、国防総省が計画

ワールド

中国軍、南シナ海巡りフィリピンけん制 日米比が合同

ワールド

英ロンドンで大規模デモ、反移民訴え 11万人参加

ビジネス

フィッチが仏国債格下げ、過去最低「Aプラス」 財政
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で最も「火山が多い国」はどこ?
  • 9
    村上春樹は「どの作品」から読むのが正解? 最初の1…
  • 10
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 8
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story