コラム

「ロシア通のキングメーカー」登場でトルコは欧米からさらに離れる

2023年05月25日(木)13時50分

では、オアンの思想性はどんなものか。これを知るため、まずオアンの経歴などを簡単にまとめてみよう。

公式HPによると、オアンは1967年生まれ。シンクタンク研究員(後述)などを経て政治家に転身した。右派政党「国民運動党」に入党し、2011年には出身地アナトリア州ウードゥルの支部長になった。

国民運動党を便宜上「右派政党」と呼んだが、もっとはっきり言えば極右で、ネオナチとさえ呼ばれることもあった。冷戦時代から左派や少数民族クルド人への襲撃・暗殺をたびたび行ったためで、一時的に禁止されたこともある。

近年のオアンは「テロリズムは排除されなければならない」と述べてクルド人取り締まりを強調する一方、シリア難民の排除を求めてきた。シリア難民を300万人以上抱えるトルコは世界屈指の難民受け入れ国だが、これを進めたエルドアンへの批判は党派を超えて広がっており、オアンはその急先鋒の一人である。

オアンの思想性を一言で言い表すなら、トルコ・ナショナリストだ。現在のトルコ共和国だけでなく、遊牧民トルコ人が歴史的に移住していったカフカスから中央アジア一帯にかけての結びつきを重視する立場である。

一方、エルドアンも「強いトルコ」の再建を目指しており、この点ではオアンと大きな違いはないといえる。

エルドアンとの確執と連携

ところが、これまでオアンはエルドアンと一線を画してきた。

その転機は2015年の総選挙にあった。この選挙でエルドアン率いる公正発展党は過半数の議席を獲得するに至らず、国民運動党との閣外協力に踏み切った。指導部のこの決定に反対した者は国民運動党を除名され、そのなかにオアンもいたのだ。

今回の大統領選挙でオアンは5つの小さな極右政党の連合体「始祖連合」の統一候補として立候補していた。

こうした経緯にもかかわらずエルドアンと手を組むのは、政治家として「一番高く売れるタイミング」を逃さなかったということだろう。

大統領選挙第3位につけてキングメーカーになったオアンには、エルドアンだけでなくクルチダルオルもアプローチしていた。しかし、中道左派とみなされるクルチダルオルはオアンからみて、イデオロギー的な距離が大きい(シリア難民の排除に関してはクルチダルオルも賛成しているが)。

それだけでなく、クルチダルオルの提示した条件もオアンの要求を満たすものでなかった。クルチダルオルは閣僚ポストを約束してオアンの取り込みを図ったが、オアンは「副大統領にもなれる自分がなぜ大臣にならなければならないのか?」と述べて断ったといわれる。

だとすると、オアンは相当の野心家でもあり、エルドアンはかなり高いレベルのポストを約束したとみてよいだろう。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロンドン金融業界、求人が増加 フィンテックとAIが

ワールド

米中、相互に船舶港湾使用料徴収 海上輸送も応酬の舞

ビジネス

国際金融当局、AIの監視強化へ

ビジネス

EXCLUSIVE-中国BYDの欧州第3工場、スペ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 3
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃をめぐる大論争に発展
  • 4
    車道を一人「さまよう男児」、発見した運転手の「勇…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 7
    連立離脱の公明党が高市自民党に感じた「かつてない…
  • 8
    1歳の息子の様子が「何かおかしい...」 母親が動画を…
  • 9
    あなたの言葉遣い、「AI語」になっていませんか?...…
  • 10
    ウィリアムとキャサリン、結婚前の「最高すぎる関係…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 10
    トイレ練習中の2歳の娘が「被疑者」に...検察官の女…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story