コラム

「ウクライナ侵攻は台湾海峡へ飛び火する」の矛盾──中国の気まずさとは

2022年02月26日(土)20時20分

さらにいえば、中国はミャンマーの軍事政権などの人権侵害を黙認してきたが、そこには「内政不干渉」の論理がある。一方、クリミア編入やウクライナ侵攻は「内政干渉」以外の何物でもない。いわば中国の公式の方針を否定する内容だが、異論も挟みにくい。米国ジャーマン・マーシャル財団のボニー・グレイザーの言い方を借りれば、中国は「気まずい立場」にある。

中ロは一枚岩ではない

そのうえ、忘れられやすいが、中国はウクライナとも深い関係がある。

中国初の航空母艦「遼寧」は1998年にウクライナから購入したものだ。ソ連末期に建造がスタートした「ヴァリヤーグ」がソ連崩壊後、未完成のまま放置されていたのを中国が買い取ったのである。その後2012年に正式に就役した遼寧は、海洋進出を加速させる中国海軍の一つのシンボルともなった。

ソ連崩壊後のウクライナが中国の海洋戦力強化の起点になったことは、裏を返せばロシア(ソ連)がこの分野で中国にほとんど協力してこなかったことを意味する。そこには冷戦期、東側陣営のリーダーの座を中国と争って以来のロシアの警戒感がある。

東西冷戦で西側陣営が最終的な勝者となり得た一つの要因には、東側陣営の内部分裂があった。冷戦時代のソ連と中国は、ダマンスキー島(珍宝島)などで領土をめぐって軍事衝突(1969)しただけでなく、ソ連が支援するベトナムへの中国の侵攻(1979)や、やはりソ連が支援するエチオピア(1974-1991)などで中国が反体制派を支援するといった足の引っ張り合いが目立った。

西側も決して一枚岩ではなかったが、より分裂の大きい東側の方が消耗しやすかったといえる。

この微妙な関係は現在も基本的に同じで、中国がウクライナ侵攻を「支持」しないのと同じように、ロシアは「一つの中国」の原則を認めても「中国があらゆる手段を行使することを支持する」とは言っていない。

これに照らせば、ウクライナ侵攻や台湾危機といった現代の脅威に対応する場合、中ロの共通性にばかり目を向けるのではなく、両者の違いを無視せず、むしろその足並みを揃えにくくさせることの方が重要だろう。その意味で、とにかく「民主主義国家vs中ロ」を強調することは、スターウォーズやマーベルなどに擬えてわかりやすい構図を提供し、国内の反中感情や反ロシア感情を満足させるとしても、あまり建設的ではないのである。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米雇用統計、4月予想上回る17.7万人増 失業率4

ワールド

ドイツ情報機関、極右政党AfDを「過激派」に指定

ビジネス

ユーロ圏CPI、4月はサービス上昇でコア加速 6月

ワールド

ガザ支援の民間船舶に無人機攻撃、NGOはイスラエル
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 3
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 4
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 5
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 6
    宇宙からしか見えない日食、NASAの観測衛星が撮影に…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    金を爆買いする中国のアメリカ離れ
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story