コラム

なぜ11歳の男の子は斬首されたか──アフリカ南部に広がる「資源の呪い」

2021年03月19日(金)18時50分

シリアを追われたISは各地に飛散しているが、いわば「未踏の地」だったアフリカ南部も、その射程に入っているのだ。とはいえ、なぜ急に、しかも激しく、モザンビークのイスラーム過激派はテロをエスカレートさせているのか。

アメリカやヨーロッパの経験からわかるのは、過激派が外から流入しただけでは大規模なテロにならないということだ。つまり、その土地に暮らす者のなかから自発的に協力する者が現れることで、イスラーム過激派によるものと限らず、テロは拡大する。

だとすると、モザンビークでアル・シャバーブが急速に台頭する背景には、この土地ならではの事情があるとみられる。

「富める者のための政府」

これに関して、当のアル・シャバーブの言い分を聞いてみよう。

昨年3月、カボ・デルガード州のモシンボア・ダ・プライアにある天然ガス関連施設を襲撃したアル・シャバーブはその直後に犯行声明を出したが、そのなかでは「不信仰者の政府ではなくイスラームの政府を求める」といったイスラーム過激派特有の主張だけでなく、現在のモザンビーク政府が「貧者を貶め、富める者のために尽くしている」として、その不公正を繰り返し批判している。

モザンビーク政府の不公正とは、何を意味するのか。

ここで注目すべきは、現在のモザンビークが天然ガス輸出国であることだ。アフリカでも最貧困国の一つだったモザンビークでは2000年代に大規模なガス田が発見され、一躍世界の関心を集めた。その主な産出地の一つであるガボ・デルガード州には、米エクソン、中国石油天然ガス集団公司(CNPC)、イタリアのENIなど各国企業が続々と進出し、日本企業のなかではSMBCなどがこうした事業に出資している。

その結果、モザンビークには2019年だけで21億ドル以上の投資が海外から流入したが、これはアフリカ第6位の規模で、モザンビークのGDPの14%にものぼる(世界銀行)。

ところが、モザンビークに空前の好景気をもたらしたガス田開発は、地元にほとんど利益をもたらしてこなかった。モザンビークに限らずアフリカに進出する外資の多くは、「企業の社会的責任(CSR)」を謳いながらも、不正な貿易価格設定(trade mispricing)や租税回避地(tax haven)の利用により、その国に利益をほとんど還元せずに済ませてきた。それによってアフリカが被る損失を国際NGOオックスファムは年間110億ドルと算出している。このうちモザンビークに関しては、少なく見積もっても年間数百万ドルといわれる。

しかし、モザンビーク政府はこれを積極的に取り締まってこなかった。これもアフリカ全体にほぼ共通するが、政府は外資からまじめに税金を取り立てるより、当の外資となれ合うことの方が多い。その方が政治家や官僚にとって個人的な利益になるからだ。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

金正恩氏が列車で北京へ出発、3日に式典出席 韓国メ

ワールド

欧州委員長搭乗機でGPS使えず、ロシアの電波妨害か

ワールド

ガザ市で一段と戦車進める、イスラエル軍 空爆や砲撃

ワールド

ウクライナ元国会議長殺害、ロシアが関与と警察長官 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 2
    世界でも珍しい「日本の水泳授業」、消滅の危機にあるがなくさないでほしい
  • 3
    映画『K-POPガールズ! デーモン・ハンターズ』が世界的ヒット その背景にあるものは?
  • 4
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 5
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 6
    BAT新型加熱式たばこ「glo Hilo」シリーズ全国展開へ…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    就寝中に体の上を這い回る「危険生物」に気付いた女…
  • 9
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 10
    シャーロット王女とルイ王子の「きょうだい愛」の瞬…
  • 1
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 2
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 3
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 4
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 5
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 8
    脳をハイジャックする「10の超加工食品」とは?...罪…
  • 9
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 10
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story