コラム

ドイツで進むネオナチの武装化――「死のリスト」と「Xデー」の脅威

2019年11月08日(金)17時44分

ネオナチ団体「HooNaRa」の共同創設者トーマス・ハラーの病死を悼むメンバーたち(3月18日、独ケムニッツにて) Fabrizio Bensch-REUTERS


・ドイツでは極右の武装化が進んでおり、昨年だけで当局は1000丁以上の銃器を極右活動家から没収した

・それでも極右の過激化は収まっておらず、移民やその権利を擁護する政治家などを標的にした「死のリスト」も作成されている

・極右が大規模な騒乱を起こす「Xデー」への警戒も強まっている

ドイツでは極右の武装化が進んでいる。移民や難民の受け入れを擁護する人々を標的にした「死のリスト」まで作成されており、極右はこれまで以上に社会の脅威となりつつある。

右翼テロの広がり

伝統的に法と秩序を重んじるドイツだが、その他の欧米諸国と同じく、極右、白人至上主義によるテロが目立つ。

とりわけ多くのシリア難民が流入した2015年以降、それは目立つ。国際反テロセンターによると、ドイツでは2016年だけで極右による暴力事件が1600件にのぼり、このうち放火が113件、火炎ビンなど爆発物を用いた事件が10件を占めた。

ドイツの諜報機関、連邦憲法擁護庁(BfV)によると、昨年段階でドイツ国内には2万4100人の右翼活動家がおり、そのうち1万2700人は「暴力的」と報告されている。

「死のリスト」とは

極右のテロは最悪、死者を出すこともある。2000~2007年だけでも10人の移民(多くがムスリム)がネオナチ組織、国家社会主義地下組織(NSU)に殺害された。

さらに近年では、移民への寛容を説くドイツ人が凶弾に倒れる事件も発生している。今年6月、ヘッセン州のヴォルター・リュブケ州議が自宅そばで銃殺された。リュブケ議員は難民の受け入れを支持し、極右から脅迫状を受け取っていた。逮捕されたステファン・エルンスト容疑者は極右団体ドイツ国家民主党の支持者とみられている。

そのうえ、右翼活動家らの間では殺害すべき標的をまとめた「死のリスト」も出回っている。ここに掲載されているのは、政治家、ジャーナリスト、文化人など多岐にわたるが、移民や難民の受け入れを進め、彼らの権利を擁護してきた点で共通する。

もちろん、ドイツ当局もこれを見逃しているわけではない。2018年だけで当局は極右から1091丁の銃器を押収した(2017年は676丁)。しかし、極右の過激化が止まらないなか、報道機関などは当局に取り締まりのさらなる強化を求めている。

東部に目立つ極右

こうした極右の過激化がとりわけ目立つのが、ドイツ東部だ。

昨年8月、東部のザクセン州ケムニッツでは極右団体が外国人排斥を叫ぶ数千人規模のデモを実施。これに反対する極左勢力との間での大乱闘に発展。その際に逮捕された8名の裁判が、今年9月末にドレスデン高等地方裁判所で始まった。

ドイツ極右を取り締まる当局の間では、以前から「Xデー」が取りざたされてきた。ヒトラー率いるナチスが1923年に引き起こしたミュンヘン一揆のように、極右が大規模な暴動などでドイツを騒乱に陥れようとしている、というのだ。ケムニッツ暴動はその入り口とみなされたことから、裁判への関心は高い。

さらに、裁判が行われているドレスデン市では11月2日、市議会が極右の過激化を非難する「ナチス非常事態」を宣言した。これはドイツのとりわけ東部で極右が過激化していることを象徴する。

ナチス台頭との類似性

なぜドイツのなかでも東部に極右が目立つのか。そこには第二次世界大戦以前、ヒトラー率いるナチスがドイツ南部を根拠地にしたこととの類似性がみてとれる。

当時、ドイツ南部は資本主義化の波に乗り遅れ、首都ベルリンなど北部の大都市への反感が高まっていた。その一方で、自作農が多かったため、土地の国有化などをともなう共産主義への敵意も強かった。

こうした背景は、ドイツ南部で「ドイツ人同士の格差や差別を解消するために」民族の一体性を強調し、共産主義とは異なる形で国家による救済を求める声を大きくした。これがナチス台頭の土壌になったのである。

現在のドイツ東部に目を向けると、ベルリンに見捨てられた感覚では当時のドイツ南部に近いとみてよい。

東西ドイツ統一からすでに30年近く経とうとしているが、かつて共産主義体制に支配された経験は、その反動でドイツ東部が保守化しやすい土壌になっている。そのうえ、旧東ドイツの平均所得は旧西ドイツと比べて相変わらず低いままだ。そのなかで「ドイツ人の救済」が求められることは、裏を返せば移民などへの反感を強くしやすいといえるだろう。

法と秩序の国の分岐点になるか

こうしてドイツ東部は、今や極右の根拠地になっている。「死のリスト」を作成するだけでなく、社会全体の騒乱をも謀る極右の台頭は、オーストラリアのクライストチャーチで発生したような移民を標的にした大規模テロすら招きかねない。

一方、高まる緊張を受け、ドイツでは武器を購入する市民も増加している。ドイツ紙ライン・ポストの調査によると、2014年に26万人だった銃所持ライセンスの保持者は今年3月までに64万人を突破。極右の過激化が市民の武装を招いているわけだ。しかし、これはアメリカと同じく、「安全のために銃に頼ることが銃犯罪をさらに増やす」悪循環に陥る危険性もある。

法と秩序の国ドイツは、重大な分岐点を迎えているのである。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:中国企業、希少木材や高級茶をトークン化 

ワールド

和平望まないなら特別作戦の目標追求、プーチン氏がウ

ワールド

カナダ首相、対ウクライナ25億ドル追加支援発表 ゼ

ワールド

金総書記、プーチン氏に新年メッセージ 朝ロ同盟を称
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 3
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌や電池の検査、石油探索、セキュリティゲートなど応用範囲は広大
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 6
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 7
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 8
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 9
    【クイズ】世界で最も1人当たりの「ワイン消費量」が…
  • 10
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story