コラム

「新冷戦」時代、G20サミットに存在意義はあるか

2019年07月03日(水)16時30分

つまり、リーマンショックという世界経済の危機を前にG7だけでは対応できず、それまでより幅広い協力の枠組みを必要とするなかでG20は生まれたのであり、その誕生そのものが先進国の影響力が衰えつつあることの象徴だったともいえる。

しかし、リーマンショック後の危機的な状況が遠のき、さらにクリミア危機(2014)や南シナ海領有問題など安全保障上の対立が激化したこともあり、その後のG20ではメンバー同士の不和が表面化した。

西側先進国として政治的な立場も近く、経済水準も似た国が集まるG7と異なり、G20には様々な立場の国が集まることは、意見の食い違いを目立たせてきたといえる。

緩やかな方向性

もともとまとまりにくいうえ、「新冷戦」とまで呼ばれる緊張が高まるなか、G20で意見の不一致が目立つことは不思議ではない。そのため、目をむくような斬新な決定や世の中を大きく転換する劇的な合意はほぼあり得ない。

しかし、それでもG20には、他ではみられない役割が大きく二つあげられる。第一に、世界全体の緩やかな方向性を指し示すことだ。

メンバー同士の利害の不一致が目立つため、逆にあまり注目されないが、世界全体のGDPの約80パーセントを占める各国が集まるG20は、これまでも世界全体の方向性を指し示してきた。

例えば、昨年のブエノスアイレス・サミットでは、労働の正規化を含む雇用の安定、教育の拡充によるイノベーションの享受、デジタル経済のビジネスモデルの導入に関する共有、女性起業家の支援など、30項目におよぶ事項を確認した。大阪サミットでは、人工知能(AI)活用やプラスチックごみ廃棄などに関する国際ルール作りなども論点になる。

これらはいずれも総論で、いわば緩やかな共通目標に過ぎず、強制力は乏しい。実効性の低さは「新冷戦」と呼ばれるほど関係が悪化しているなかではやむを得ないが、かつての冷戦期と異なり、政治的に対立している国同士でも貿易、投資、ヒトの移動が絶えない現在の世界をみれば、合意しやすいところから合意を積み重ねることは無駄ではない。

相手と会うこと自体の重要性

第二に、常日頃対立している各国の首脳が顔を合わせる機会を確保することだ。

現代の世界では、ナショナリズムに傾いた世論に配慮して、外交官が対立を抱える国の担当者と接触することさえ慎重になりやすい。対立する国同士がともすれば疎遠になりやすいだけでなく、二国間での協議はかえって対立を先鋭化させかねない。

その一方で、例えばアメリカと中国が定期的に直接接触する多国間の枠組みは必ずしも多くない。その他の対立を抱える国にしても同じである。

G20はその場を提供する数少ない機会の一つだ。つまり、主要国が一堂に会するG20は、関係が悪化している相手と問題を処理する糸口を提供するものといえる。

トランプ大統領と習近平国家主席はG20サミットの期間中に会談し、5月に事実上決裂した貿易協議を再開した。

こうしてみたとき、スピードや効率が重視される現代にあって、その効能はみえにくいかもしれないが、G20は国際関係の激変を抑える役割を担っている。言い換えると、G20はそれがなければなお一層分裂しかねない各国をつなぎとめるイカリといえるだろう。

cover0709.jpg
※7月9日号(7月2日発売)は「CIAに学ぶビジネス交渉術」特集。CIA工作員の武器である人心掌握術を活用して仕事を成功させる7つの秘訣とは? 他に、国別ビジネス攻略ガイド、ビジネス交渉に使える英語表現事例集も。

ニューズウィーク日本版 英語で学ぶ国際ニュース超入門
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年5月6日/13日号(4月30日発売)は「英語で学ぶ 国際ニュース超入門」特集。トランプ2.0/関税大戦争/ウクライナ和平/中国・台湾有事/北朝鮮/韓国新大統領……etc.

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウクライナ議会、8日に鉱物資源協定批准の採決と議員

ビジネス

仏ラクタリスのフォンテラ資産買収計画、豪州が非公式

ワールド

ドイツ情報機関、極右政党AfDを「過激派」に指定

ビジネス

ユーロ圏インフレ率、4月は横ばい サービス上昇でコ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 7
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 8
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 9
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story