コラム

アメリカがイランを攻撃できない理由──「イラク侵攻」以上の危険性とは

2019年05月15日(水)16時25分

ところが、トランプ氏との確執からマティス氏は昨年12月に辞任を発表。これに対して、ポンペイオ国務長官など強硬派が揃う今のホワイトハウスで、新任のシャナハン国防長官がマティス氏ほどトランプ氏にNOといえるかは疑問だ。

そればかりでなく、シャナハン氏がかつて経営に携わったボーイング社は、民間旅客機を製造しているばかりでなく、アメリカ屈指の軍需企業としての顔ももつ。国防長官自身が軍需企業に近いことは、イランとの衝突を回避した昨年5月との大きな違いといえる。

イラン攻撃のリスク

しかし、それでもアメリカが実際に軍事行動に出るリスクは大きい。

この点に関して、筆者は以前にポイントを整理していたが、以下ではこれに補足する形で、4つの論点をまとめてみよう。

第一に、北朝鮮問題への影響だ。「核の脅威」を理由にイランを攻撃すれば、北朝鮮の警戒感はいやが上にも増す。

2017年4月にトランプ大統領は「化学兵器の使用」を理由に、突如シリアをミサイル攻撃した。これはシリアを利用して「大量破壊兵器の問題で譲歩しない」と北朝鮮に圧力をかけたものだが、その時と現在ではアメリカの北朝鮮への態度が異なる

2回目の米朝首脳会談が物別れに終わった後、アメリカにかつての強気はみられない。実際、5月初旬に北朝鮮が「飛翔体」を打ち上げたが、トランプ氏は10日「短距離ミサイルであり、信頼を損なうものではない」と述べている。

アメリカが北朝鮮を必要以上に刺激しないようにしているタイミングで、「核兵器」を理由にイランへ強硬な姿勢を貫けば、北朝鮮情勢をさらに膠着させかねない。

ロシアとの緊張

第二に、イランとの対決は米ロ関係にも影響を及ぼす。

イランと協力関係にあるロシアはアメリカによるイラン制裁に批判的で、5月8日にイランがアメリカへの対応として核合意の一部停止を宣言した際には、その原因を作ったアメリカを非難している。

もっとも、ロシアとイランの間に正式の軍事協定はなく、実際にアメリカ軍が行動を起こした場合、ロシアがどの程度介入してくるかは不透明だ。

しかし、それでもアメリカが緊張を高めること自体、ロシアを利するという指摘もある。アメリカ海軍大学校のニコラ・グボステフ教授によると、


●すでにアメリカの経済制裁によってイラン産原油の流通が制限され、それによってシェアの空白が生まれるなか、その多くをロシアはサウジアラビアとともに確保した
●緊張が高まるほど、ロシアが誇る最新式地対空ミサイルS-400を含む兵器輸出も増えかねない
●対立のエスカレートは「調停者」としてのロシアの存在感を高める

「ロシア疑惑」に一定の決着をつけたばかりのトランプ氏にとって、「ロシアに塩を送った」とみられることのリスクは大きい

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

韓国クーパン、顧客情報大量流出で11.8億ドルの補

ワールド

尹前大統領の妻、金品見返りに国政介入 韓国特別検が

ビジネス

日経平均は反落、需給面での売りが重し 次第にもみ合

ビジネス

午後3時のドルは156円前半、年末年始の円先安観も
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それでも株価が下がらない理由と、1月に強い秘密
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    「アニメである必要があった...」映画『この世界の片…
  • 9
    2026年、トランプは最大の政治的試練に直面する
  • 10
    アメリカで肥満は減ったのに、なぜ糖尿病は増えてい…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story