コラム

「何も決めない」米朝首脳会談を生んだトランプ外交

2018年06月13日(水)16時00分

しかし、長期にわたる対立を解消するのであれば、なおさら下準備が重要なはずだった。この点において、不透明さだけが際立つ合意文書からは、事前交渉でも双方の主張が平行線をたどり続けていたことがうかがえる。言い換えると、原則論に終始する合意文書は、双方の利益が食い違う状況を覆い隠すものだったといえる。

「何も決めない」合意文書を生んだもの

実質的には「何も決めない」合意文書が交わされたことは、この交渉が実現した経緯を振り返れば不思議ではない。

2017年4月にアメリカは突如、化学兵器の使用が疑われるシリアのアサド政権を攻撃し、「大量破壊兵器の使用は認めない」というシグナルを北朝鮮に送った。一方的な軍事攻撃で北朝鮮に譲歩を迫るやり方は、トランプ流の瀬戸際外交のスタートだった。

これに対して、北朝鮮はICBM発射実験や核実験を相次いで行い、瀬戸際外交の応酬がエスカレート。12月には、「最大限の圧力」を強調するアメリカの主導により、石油精製品の9割を対象に盛り込んだ制裁決議案が国連安保理で採択された。

緊張に転機が訪れたのは、2018年2月の平昌五輪だ。開会式で韓国と北朝鮮の合同選手団が入場するなど、和解が演出され、4月27日の南北首脳会談が実現した。

このステップを経て実現した米朝首脳会談は、金委員長にとって生き残りを賭けた選択だったのと同時に、トランプ大統領にとって渡りに船だったといえる。

トランプ大統領は「制裁が北朝鮮を引っ張り出した」と自賛してきた。実際、制裁の強化で北朝鮮が追い詰められてきたことは確かだが、それでも北朝鮮はネをあげなかった。

ところが、すでに「最大限の圧力」が加えられた以上、さらにこれを強めるには軍事攻撃以外にはほとんど選択肢がない。ただし、北朝鮮を攻撃すれば、アメリカ自身がICBMの飛来を覚悟しなければならない。つまり、自分で加速させた北朝鮮とのチキンゲームは、トランプ大統領の首をも絞めるものだった。

手詰まりになったトランプ大統領がその打開策として米朝首脳会談に飛びついたのは、当然のなりゆきだった。とはいえ、「非核化」に関して米朝の主張が平行線のままであることには変化がないので、その「打開」はどうしても「その場しのぎ」になる。「何も決めない」合意文書は、この背景のもとで誕生した。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

英サービスPMI、11月は51.3に低下 予算案控

ワールド

アングル:内戦下のスーダンで相次ぐ病院襲撃、生き延

ビジネス

JFE、インド一貫製鉄所運営で合弁 約2700億円

ビジネス

エアバス、今年の納入目標引き下げ 主力機で部品不具
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 2
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 3
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が猛追
  • 4
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 7
    若者から中高年まで ── 韓国を襲う「自殺の連鎖」が止…
  • 8
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 9
    海底ケーブルを守れ──NATOが導入する新型水中ドロー…
  • 10
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 3
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 10
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story