コラム

シリア攻撃で米国が得たもの──「化学兵器使用を止める」の大義のもとに

2018年04月16日(月)14時00分

北朝鮮情勢との関係

そのなかで行われたミサイル攻撃には、公式に強調される「化学兵器の使用に対する制裁」以外に、トランプ大統領にとっていくつかの意味を見出すことができます。

第一に、北朝鮮との関係です。昨年4月のシリア攻撃の直後、ティラーソン国務長官(当時)はこれが核・ミサイル開発を進める北朝鮮を念頭においたものだったと示唆。つまり、「米国は大量破壊兵器の使用を認めない」というメッセージを伝えることが、昨年のシリア攻撃の別の側面としてありました。

今回の場合も、基本的には同じことがいえます。

韓国の働きかけを通じて、5月には米朝首脳協議が開催される予定です。米国はあくまで朝鮮半島から核兵器を一掃することを求めており、「核実験の停止」や「ミサイル発射の中止」などでは済まさないという立場を維持しています。強硬派として知られ、次期国務長官に指名されているポンぺオCIA長官が、4月12日に「北朝鮮の体制の維持」を公言したことは、「大量破壊兵器をめぐる問題では譲歩しない」という姿勢の裏返しといえます。

つまり、シリアでの化学兵器の使用を認めないことは、北朝鮮への威圧につながるのです。

ただし、その強気のメッセージが北朝鮮情勢で奏功するかは、現段階で不透明です。昨年のシリア攻撃は、その後の米朝間の緊張を高めるきっかけとなりました。

ロシアへの一矢

第二に、ロシアに一矢報いることです。

シリア内戦での米ロの綱引きは、ロシア有利の状況にあります。ロシアが支援するアサド政権は、「イスラーム国」(IS)の残党やクルド人勢力などの反体制派を攻撃しながら、ほとんどの地域を制圧。東グータは反体制派にとって残り少ない拠点の一つでしたが、4月12日にロシアはシリア軍が東グータも制圧したと宣言しています。

一方、IS掃討とともにアサド政権の打倒を目指してきた米国は、クルド人を主体とするシリア民主軍(SDF)を支援して駐留していましたが、旗色は悪いといわざるを得ません。この背景のもと、4月3日にトランプ氏は「ISがほぼ崩壊した」として、米軍の早期撤退を希望すると発言しています(これに対して国防総省は早期撤退に消極的といわれる)。

この状況でのミサイル攻撃は、いわばロシア主導で終結に向かうシリア情勢に米国の印象を残し、その事後処理において米国の最低限の発言力を確保しようとする試みといえます。言い換えると、ロシアが大幅にミサイル防衛システムを増強し、米国に譲歩を迫る状況のなか、トランプ大統領が敢えてこれを押し切ったことは、プーチン大統領に「侮られないようにする」ものだったとみられます。

ただし、マティス国防長官が懸念したように、これは結果的に米ロの緊張や対立をエスカレートさせることも確かです。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結

ワールド

英、中東に戦闘機を移動 地域の安全保障支援へ=スタ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 2
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 3
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されずに「信頼できない人」を見抜く方法
  • 4
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 5
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 6
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 7
    逃げて!背後に写り込む「捕食者の目」...可愛いウサ…
  • 8
    「結婚は人生の終着点」...欧米にも広がる非婚化の波…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 7
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 8
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 9
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story