コラム

トランプ-金正恩会談に期待できないこと、できること──「戦略的共存」への転換点になるか

2018年03月10日(土)19時00分

しかし、両国間では「双方にとって最悪の結末である核戦争はお互いに避ける」という、最低限の共通理解だけは維持されました。米ソが最も核戦争の危機に直面したキューバ危機(1962)の後、両国首脳間が直接話せる電話回線(ホットライン)が敷設されたことは、これを促したといえます。

つまり、「不安要素がある国だが排除できない」いう現実を前に、お互いに「相手の外交的なポーズを逐一真に受けるのではなく、生命に危険の及ばない限り、みてみぬふりをする」という選択をしたことが、結果的に最悪の結末の回避につながったといえます。

「戦略的共存」は可能か

一方、米国のオバマ前大統領も「北朝鮮の挑発に逐一反応しない」という「戦略的忍耐」という選択をしました。トランプ氏や共和党からは、この「弱腰の対応」が北朝鮮による核・ミサイル開発を加速させたと批判されます。しかし、「強気の対応」が危機をより深化させるなか、トランプ氏も「北朝鮮に逐一反応しない」ことにせざるを得ない状況に追い込まれています。少なくとも、「圧力一辺倒」で北朝鮮問題が解決しないことは確かです。

今回の米朝協議で、先述の「お互いに都合のわるいことをみてみぬふりをする」ことになれば、それは「戦略的忍耐」を米朝が相互に行う転機になり得ます。オバマ政権時代、米国は「忍耐」をしていましたが、北朝鮮はその限りではありませんでした。しかし、核兵器搭載可能なICBMをもつに至った北朝鮮で、軍をなだめすかしながら金正恩総書記が米国との直接対決を避けることは、これまで以上に「忍耐」が必要な作業です。

こうしてみたとき、今回の米朝協議では、お互いに「戦略的忍耐」を行うという意味で、「戦略的共存」への転機になるかが実際上の焦点になるといえるでしょう。

さらに、それは日本を含む周辺国にとっても同様に「忍耐」を求めるものです。米朝協議が成功するとすれば、それは北朝鮮に核・ミサイルが残り続ける時しかないとみられます。それが死活的な問題にならない限り、「みてみぬふり」できるかが、日本にも問われているといえるでしょう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。他に論文多数。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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