コラム

危険度を増す「米中ロ」の勢力圏争い──21世紀版グレートゲームの構図

2018年03月22日(木)17時00分

戦争の難しさ

最後に、戦争です。オリジナル版の場合、英ロはアフガニスタンをめぐって直接衝突の寸前にまで至りました。直接対決は回避されたものの、帝国主義の時代には経済利益を確保するために軍事力を展開することは一般的な手段でした。

翻って現代をみると、2月にトランプ大統領が小型核弾頭開発の方針を発表し、3月にはプーチン大統領が新型ICBM開発の成功を宣言するなど、軍拡競争は続いています。また、伝統的に海外展開が少なかった中国の人民解放軍も海軍力を中心に軍備増強を進め、「一帯一路」構想の本格化にともない、沿線のセイシェルやジブチなどに軍事拠点を建設。これらはいずれも、自国の利益を守る姿勢を鮮明に打ち出すことで、国内の一定の支持を期待できるものです。

ただし、現代では政治的な対立を抱えている国との経済取引も当たり前で、戦争をした場合に被る損失がオリジナル版の時代よりはるかに大きくなっています。そればかりか、技術革新により戦争の犠牲者ははるかに多くなりがちで、さらにメディアの発達で海外での自軍の犠牲者についても把握しやすくなっています。これらの変化は各国の指導者が、経済的利益を守るために実際に部隊を動かすことを難しくしており、2014年にロシア軍がウクライナのクリミアを併合したことは例外的といえます。

つまり、摩擦が起こりやすくなり、各国が国益に敏感になっているとしても、米中ロが軍事力で対立を決着させることは、ほぼ不可能です。ただし、それは敵対心や不満を爆発させる機会がないことをも意味します。言い換えると、いくら気に入らなくとも実際に衝突できない以上、米中ロの間には緊張やフラストレーションだけが残りやすく、結果としてロシアの選挙干渉に代表されるように戦争以外の手段で自国の利益を拡大させる試みが増えることになります。

こうしてみたとき、21世紀版グレートゲームはオリジナル版より戦争を回避しやすくとも、経済取引や人の往来などを通じて国民生活に影響は出やすく、解消が困難であるだけに長期化しやすいとみられます。

そのなかで米中ロ以外の、とりわけ一定の規模を持つ国ほど、体よく使い捨てられないよう、リスク分散を図らざるを得なくなります。問題山積でもEUを立て直そうとするドイツ、伝統的にロシアと友好的でも米国と安全保障協力を深めるインド、その逆にNATO加盟国であっても中ロに接近するトルコなどは、その典型です。この時代背景のもとで「寄らば大樹の陰」という発想は戦略性のなさに通じるのであり、常に日米関係を最優先にする日本政府の姿勢も見直す時期にきているといえるでしょう。

国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。他に論文多数。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米下院、カリフォルニア州の環境規制承認取り消し法案

ワールド

韓国大統領代行が辞任、大統領選出馬の見通し

ビジネス

見通し実現なら経済・物価の改善に応じ利上げと日銀総

ワールド

ハリス氏が退任後初の大規模演説、「人為的な経済危機
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 10
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story