コラム

危険度を増す「米中ロ」の勢力圏争い──21世紀版グレートゲームの構図

2018年03月22日(木)17時00分

こうした対立は、オリジナル版と同じく、それぞれの関心が重なる地域で表面化しやすくなります。米中の進出が交錯するインド洋から東シナ海にかけての一帯は、その典型です。

同様に、2014年からのウクライナ危機は、ロシア帝国時代から同国を縄張りと捉え、2008年にウクライナとFTAを結んでいたロシアと、これをEU圏に取り込もうとした西側との争いに端を発します。

その一方でロシアは、2000年代末から旧ソ連圏の各国とFTA締結を加速させ、近年では「大ユーラシア経済」構想を打ち出しています。これは「反米」でしばしば中国と共闘を演じながらも、中国経済に呑み込まれることへのロシアの警戒を示します。

いわば米中ロは勢力圏を確保するために「政治と経済は別物」という建前を積極的に崩そうとしているのです。ただし、帝国主義の時代と異なり、現代では政治的な対立と経済的な取引が同時に成立することは珍しくありません。米中がお互いに最大の貿易相手国であることはその象徴です。つまり、相手と関係を断つという選択が困難な現代版グレートゲームは、英露版より当事者の利害関係が複雑になりがちです。

加熱材としてのナショナリズム

第二に、対立の加熱材としてのナショナリズムです。オリジナル版の時代、その他の国と同様、英ロ両政府は海外での領土拡張に国民を動員するスローガンとしてナショナリズムを多用。一方、産業化や都市化が進むにつれ農村共同体が衰退し、個人の生活が国家に左右されやすくなるなか、国民の側にも「国家と国民の一体性」を求める声は珍しくありませんでした。その結果、「我々の利益を脅かす外敵」を悪魔や獣のように描く排外的な風刺画が各国の新聞紙上で踊るようになったのです。

つまり、残り少ない「空地」をめぐる争いが激しくなるなか、それまで以上にライバル同士の反目は強くなり、それにつれてナショナリズムが高まったといえます。競争の激化とともに「自分たちの生存への心配」が大きくなるほど、「これを脅かす者」として外部を捉える傾向は、現代にも通じるものです。

トランプ、習近平、プーチンの三人は外国への不信感を隠さず、外部からの批判も意に介さない姿勢が目立ちます。さらに、国益増進のためには権力の集中を進めることも厭いませんが、選挙の有無にかかわらず、彼らを支持する国民は少なくありません。そこには多かれ少なかれ、グローバル化への反動が見出せます。貧富の格差、雇用の流出、貿易不均衡などグローバル化の弊害が目につくにつれ、「我々の利益を守ること」への意識は強くなりがちです。国民とそれ以外を識別し、前者の利益を確保しようとする思潮が、ナショナリズムを強調する権力者を後押ししているといえるでしょう。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米EV税控除、一部重要鉱物要件の導入2年延期

ワールド

S&P、トルコの格付け「B+」に引き上げ 政策の連

ビジネス

ドットチャート改善必要、市場との対話に不十分=シカ

ビジネス

NY連銀総裁、2%物価目標「極めて重要」 サマーズ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 3

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前の適切な習慣」とは?

  • 4

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 5

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 6

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 7

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 8

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 9

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 10

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story