コラム

「高等教育無償化」でイノベーションは生まれるか──海外と比べて見劣りするのは「エリート教育」

2018年02月27日(火)17時45分

「質より量」が日本の方針というなら、それでもいいでしょう。しかし、くどいですが政府はイノベーションを生む教育・研究を求めます。つまり、政府の言い分は「質も量も」という、ないものねだりにしか聞こえません

従来以上に「質の向上」を図るなら、大学の数を減らすか、資金を増やすことが避けられません。しかし、いずれも困難なことは目に見えています。いずれかの道に進むことは、それこそ「政治決断」がなければできないことです。

この構造的な問題を無視したまま、官邸主導でとってつけたように打ち出された「無償化」は、低所得世帯の学生にではなく、その人たちを受け入れる大学に授業料などを提供するもので、学生不足に悩む主に地方の大学にとって(必ずしも多くないものの)事実上の補助金にはなり得るでしょうが、少なくとも政府文書で暗示されているイノベーションや競争力との直接的な関係は不明なままです。

「無償化」は誰のためか

念のために繰り返せば、低所得層にも機会を付与する「無償化」そのものの意義は認められるべきでしょう。しかし、それは日本の高等教育が直面する幾多の課題の一つで、それを優先して打ち出すなら、それなりの必然性や理由づけを行う必要があります。ところが、少なくとも政府文書からはそれをうかがうことができません。

日本の高等教育が置かれた現状を度外視して、自らが強調する「人づくり革命」や「生産性革命」にもたらす影響が限定的な「無償化」だけ力説するという対策は、付け焼刃のような、控えめに言ってもちぐはぐなものです。必然性や理由づけが不明確な政策は、かえって「弱者にやさしい」というイメージ戦略に傾く政権の姿勢を浮き彫りにするものといえるでしょう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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