コラム

「楽園」モルディブの騒乱―中国、インド、サウジの「インド洋三国志」と小国の「産みの苦しみ」

2018年02月16日(金)13時50分

それにつれて、失業や貧困への不満も手伝って、選挙中も「反イスラーム的」とみなされる人々への襲撃や暴行も横行。また、2014年に「イスラーム国」(IS)が建国を宣言するや、約200人がシリアに渡ったとみられます。これはISに最も多くの外国人戦闘員を送り出したチュニジア(6000人)やサウジアラビア(2500人)と比べて少ないものの、先述のようにモルディブの全人口は40万人に過ぎず、人口に占める比率(0.05パーセント)ではサウジを上回り、チュニジアとほぼ同じ水準になります。

サウジへの不信感

ところが、サウジとの関係を重視し、イスラームを選挙戦術として用いるヤーミン政権は、ワッハーブ派に感化され、暴力事件を引き起こす若者を必ずしも積極に取り締まってきませんでした。これがインドとの関係を重視してきた、異母兄弟のガユーム元大統領を含む反対派からの批判を引き起こしてきたことは、不思議ではありません。

のみならず、2017年3月に一部メディアが「政府がサウジアラビアにファーフ環礁を売却することを決定した」と報じたことは、ヤーミン政権へのさらなる批判を招きました。それに先立つ2015年6月、ヤーミン政権は国土を外国に売ることを可能にするよう憲法を改正していました。しかし、反対の声が高まったことを受け、政府はメディア規制を強める一方、計画そのものを否定せざるを得なくなりました。

この背景のもと、ナシード元大統領はスリランカでの声明のなかで、中国だけでなくイスラーム過激派もモルディブへの脅威として取り上げています。それはサウジに対する警戒をも暗示しているといえるでしょう。

「インド洋三国志」の時代

こうしてみたとき、今回のモルディブ騒乱は国内外の伏線が複雑に絡み合った結果といえます。

中国、インド、サウジの三ヵ国はインド洋一帯をめぐり、激しい火花を散らしてきましたが、それは協力と対立の微妙な関係のうえにあります。中国とインドは「一帯一路」をめぐって対立する一方、BRICSのメンバーとして協力関係にあります。一方、サウジは国内のムスリム迫害を容認するインドのモディ政権と必ずしも友好的でなく、モルディブだけでなくパキスタンなどでも、インドと対立する中国と戦列をともにしています。また、大産油国サウジにとって中国は、いまや米国以上に大事な顧客でもあります。しかし、サウジも「一帯一路」には非協力的です。

インド洋を囲む三ヵ国がこのような複雑な関係にある様は、古代中国の三国時代を想起させます。そのレースが激しさを増すほど、周辺の小国はこれまで以上に振り回されやすくなり、それは内政にまで影響を及ぼすとみられます。モルディブの事例は、インド洋一帯の小国にとって、他人事でないといえるのです。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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