コラム

「楽園」モルディブの騒乱―中国、インド、サウジの「インド洋三国志」と小国の「産みの苦しみ」

2018年02月16日(金)13時50分

これまでにも中国とインドの勢力圏争いは表面化しており、もともとモルディブと近い関係にあったインドからみて、中国の「一帯一路」構想はこれを脅かすものです。この背景のもと、中国に傾倒するヤーミン大統領と対立し、英国に亡命中のナシード元大統領は2018年1月22日に訪問先のスリランカで「モルディブの対外債務の80パーセントは中国が握っており、これによって中国は島を奪い取ろうとしている」と批判。インドをはじめ、中国を警戒する国への協力を呼びかけたのです。

ダークホース・サウジアラビア

以上に鑑みると、非常事態を宣言した後、ヤーミン大統領が状況を説明するため中国に特使を派遣した一方、インドには誰も派遣しなかったことは、不思議ではありません。

ただし、ここで注意すべきは、ヤーミン大統領が特使を派遣した国のなかには、中国だけでなくサウジアラビアも含まれていたことです。

モルディブは伝統的にインドの「縄張り」である一方、人口のほぼ100パーセントをムスリムが占めます。聖地メッカを擁するサウジアラビアは厳格な政教一致を説くワッハーブ派を国教とし、神学生の受け入れ、説教師の派遣、モスクの建設などを通じてイスラーム圏への影響力を強めてきました。モルディブに対しても2016年10月に1億5000万ドルの資金協力を行うなど、世界有数の産油国として経済的なアプローチもありますが、サウジの本領はむしろイスラームを通じた影響力の拡大にあります

英国BBCによると、2014年3月にモルディブを訪問したサウジのサルマン皇太子は、同国に「世界クラスの」モスクを10ヵ所に建設する他、サウジへの留学生のために10万ドルを提供することなどを約束。イスラームを通じたサウジの影響力の強さは、2017年6月のサウジ主導によるカタール断交にモルディブ政府が追随したことからもうかがえます。

イスラーム過激派の台頭

ところが、サウジによる厳格なイスラームの普及は、モルディブの内政にも少なからず影響を及ぼしてきました。

東南アジアやアフリカなどその他の「イスラーム圏の周辺」と同様、もともとモルディブでは土着の聖人崇拝などと結びついた、緩やかなイスラームが主流でした。

しかし、サウジのアプローチが加速するなかで、「イスラーム社会としての純化」を求める動きが活発化。その結果、例えば先述した2010年からのナシード元大統領に対する抗議デモは、当時進められていた、リゾートにおけるアルコール販売などの規制緩和を批判する人々も含まれていました。また、2013年の大統領選挙でヤーミン氏はナシード氏を「反イスラーム的」と非難して排撃するなど、イスラームがこれまで以上に「正統な教義」と位置づけられるようになったのです。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル、ソマリランドを初の独立国家として正式承

ワールド

ベネズエラ、大統領選の抗議活動後に拘束の99人釈放

ワールド

ゼレンスキー氏、和平案巡り国民投票実施の用意 ロシ

ワールド

ゼレンスキー氏、トランプ氏と28日会談 領土など和
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 8
    赤ちゃんの「足の動き」に違和感を覚えた母親、動画…
  • 9
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 10
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story