コラム

ロヒンギャ問題解決のために河野外相のミャンマー訪問が評価できる5つの理由

2018年01月16日(火)20時30分

相互不信の連鎖は絶ち切れるか

こうしてみたとき、今回の日本政府の対応は、ロヒンギャ危機の克服だけでなく、日本の外交・国際協力の発展という観点からも、高く評価されるべきといえます。

ただし、今回の訪問や取り決めでロヒンギャ危機がすぐに克服されるわけではなく、その先には数多くの課題があります。なかでも重要なものとして、和解があげられます。つまり、ビルマ人とロヒンギャの間の相互不信や憎悪を和らげることが、ミャンマーの長期的な安定には欠かせません。

かつて南アフリカでは白人による有色人種の支配が合法化され、1960年代から双方の対立が激化しました。1991年にこの人種隔離政策(アパルトヘイト)が終結した後、南アフリカ政府は「真実和解委員会」を設置。裁判所と異なり、刑罰を科さないことで逆に証言しやすくすることで、旧体制のもとでの人権侵害や迫害について明らかにしていきました。この取り組みは「復讐ではなく理解すること、報復ではなく償うこと、処罰ではなく赦しが必要である」という考え方に基づくものでした。

社会を分裂する対立があった場合、その相互不信を乗り越えなければ、一つの国としてやっていくことは困難です。刑罰を科すことを目的とせず、被疑者の証言を集めることで事実を究明し、赦し合うことで社会の安定が保たれることを、南アの真実和解委員会は示したといえます。

今回の訪問で河野外相はスー・チー氏との会談で和解にも触れ、「最大限の支援」を約束しています。これは復興支援にとどまらないミャンマーの安定を視野に入れた提案といえます。

ただし、それは平たんな道ではないとみられます。和解を促すためには、多くの犠牲を出したロヒンギャの側だけでなく、迫害を主導してきたミャンマー軍や過激派仏教僧などにも働きかける必要があります。しかし、特に後者に関して、スー・チー氏率いる政府が軍や仏教ナショナリストに左右されやすいなかで和解は困難です。

したがって、和解を進めるためには、世論に振り回されるのではなく、むしろ世論を主導できるリーダーシップが欠かせないといえます。それを期待できるのは、現状では「張り子の虎」になっているとしても、結局スー・チー氏しかいません。

その意味で今後、日本政府が和解を促し、ロヒンギャ危機の克服に向けた取り組みを進めるなら、遅かれ早かれスー・チー氏がリーダーシップを発揮しやすい環境を生み出す支援にまで踏み込む必要があります。内政不干渉に縛られがちな日本政府にとって、それはひとつの冒険になるといえるでしょう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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