コラム

「子どもを誘拐して戦闘に参加させた賠償金」は1人90万円:「悪の陳腐さ」と「正義の空虚さ」

2017年12月21日(木)17時30分

ただし、子ども兵は、各国で政府を攻撃している反体制的なゲリラ組織やテロリストばかりではなく、本来は法と秩序を守るべき軍隊や警察によっても用いられています。例えばコンゴ民主共和国は、国連や国際人権団体などの働きかけにより、子ども兵の利用を禁じる国連の行動計画に2012年に調印。それ以来、「兵士」としての利用は止められたとみられています。しかし、その後も性的目的や雑用のため兵舎に置かれる子どもは少なくないと報告されています。

子ども兵の利用を抑止できるか

長期にわたって戦闘に従事させられた子どもの社会復帰には、「トラブルを力ずくで解決する習慣」の克服や職業訓練など課題は多く、容易なことではありません。その利用がグローバル化するなか、今回の判決は責任者の罪状だけでなく、被害者に対する賠償をも認めた点で、大きな意味があります。

ただし、そこに過剰な期待はできません。そこには大きく3つの理由があります。

第一に、判決の抑止効果です。今回の判決で、ICCはルバンガ被告にほとんど財産がないと認定。そのため、罰金は基本的に子ども兵の救済のために、ICC加盟国からの拠出金で設けられた基金から支出されることになります。ところが、各国の拠出金は約1億3000万円にとどまるため、被害者全てが判決で命じられた賠償金の満額を受け取れるのがいつになるかは不明確です。

その意味で、今回の判決には、「子ども兵の利用を認めない」というメッセージを世界中に発信するという、象徴的な意味合いが大きいのです。いわば、守るべき規範を形にすることで、それに違反することを思いとどまらせる抑止効果が期待されているといえるでしょう。

しかし、先述のように、今回の判決では被告本人の直接負担はほとんどありません。これは被害者の救済や子ども兵の利用に反対する意思表示を優先させたものといえますが、他方で子ども兵を利用している組織や個人に「子ども兵の利用が割に合わない」と思いとどまらせる効果を低減させるものといえます。

他人の目を気にしない者

第2に、ICCの判決には「子どもを戦争に使うのは許されない」という規範を普及させる効果があるにせよ、その道徳的メッセージが実際に子ども兵を用いている者に響くかが疑問であることです。

一般に、「社会や集団の一人前のメンバー」として承認されたい者ほど、その内容の善し悪しにかかわらず、社会におけるルールや規範に率先して従います。つまり、第三者から「はみ出し者」とみなされたくないほとんどの国・組織は、国際的な規範に自ら従う傾向があります。それまで反体制ゲリラ組織と同様に子ども兵を利用していたコンゴ民主共和国政府のカビラ大統領が、海外から援助を受け取る必要から、少なくとも形式的に子どもを治安部隊から排除したことは、その象徴です。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

スペイン、欧州中銀理事会のポスト維持目指す=経済相

ワールド

EXCLUSIVE-トランプ政権、H─1Bビザの審

ビジネス

米セールスフォース、26年度収益見通し上方修正 A

ワールド

ベネズエラ大統領、トランプ氏との電話会談を確認 対
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 2
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国」はどこ?
  • 3
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与し、名誉ある「キーパー」に任命された日本人
  • 4
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 7
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 8
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 9
    トランプ王国テネシーに異変!? 下院補選で共和党が…
  • 10
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story