コラム

世界26カ国で実施される宮島達男の「柿の木プロジェクト」――絶望から再生へ

2022年12月09日(金)10時50分

この間、宮島は、自分の中にあるアート的なものを言語化していく過程で、アートの社会的な意味と役割と使命があるということに気付いたという。

そして、芸術大学出身者の99%以上は作家になれないとしても、アートを学ぶことが、人間としてやっていける力、すなわち、本来人間が持っている、相手の痛みや苦しみを理解する想像力や思いやり、困難がおこったときにイノベーションを起こせるような創造力や発想力に繋がることを目指したという。

さらには、アートの特性は平和と直結しており、人と人とを分断し傷つけ合う状況を、言語や人種を超えて理解し合うことなどにより、プラスの方にもっていくのが芸術ではないかと考え、アートを戦争の反対にあるものとして、大学で芸術平和学という科目を立ち上げたりもしている。こうして、「Art in You」や「Peace in Art(平和はアートの中にある)」をいかに若い学生たちに伝え、残していくかに専心していった。

この大学での10年間について宮島は、「49歳から59歳までの作家として一番油の乗った時期に、京都と山形の往復で時間をとられ疲弊するだけでなく、作品制作も制限されるので、アート界でのキャリアを築きにくいリスキーな選択ではあったが、教育者として活動した10年でアーティストとしての体力は随分付いたし、アーティストとしての生き方においては重要な時代だった」と語り、教育もアーティストのキャリアの一部という考えを示している。

第4エポック 時の海―東北(2017~)

こうして、絶望と希望の繰り返しを経験してきた宮島は、2011年の大学在任中に再び大きな絶望を味わうことになる。東日本大震災の勃発である。山形の大学には、近隣の宮城や福島といった被災地から来ている生徒も多く、メンタルがやられてしまう学生が沢山いたという。学生だけでなく、宮島自身もしばらく制作出来ない日が続き、このまま普通にやっていて良いのか?という疑問を抱かざるを得なかった。そうしたなかで始めたのが「時の海―東北」プロジェクトであり、これが「時の海」シリーズの集大成として、宮島自身が最後のライフワークのひとつと位置付けるプロジェクトとなるのだ。

本プロジェクトでは、私たちの価値観・世界観を大きく揺るがせた「あの時、あの人に逢いにいく」ことをテーマに、亡くなった人々への鎮魂と未曾有の大災害の記憶を後世に伝え、未来への希望に繋げていくために、被災地域だけでなく、震災の記憶が飛び火した全国各地でタイムセッティングを実施。最終的には、約3000個のLEDデジタルカウンターを東北沿岸部の海の見える場所に末永く設置することを目指し、現在も場所を探し続けるとともに、個人資金に加えクラウドファンディングなどで資金集めをしながら、2027年頃の完成を目指して活動を継続中である。

改めて、宮島に自身のキャリアを振り返ってもらうと、「最初は前へ前へとアグレッシブで、自分のことしか考えていなかったし自分のことしか出来なかった。だが、華々しく国際アートシーンにデビューして絶望を味わい、柿の木プロジェクトによって周りの人たちとの関わったことで、アートの役割や社会との関係性のようなものを考えるようになり、さらに教育に携わることで、未来の人材にどのように伝えていくべきかを模索するようになっていった......。その時々で必死に続けていくことで、自身の考え方も変わっていったし、アーティストとして成長させてもらった」という。

プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米が防衛費3.5%要求、日本は2プラス2会合見送り

ビジネス

トヨタが米国で値上げ、7月から平均3万円超 関税の

ワールド

トランプ大統領、ハーバード大との和解示唆 来週中に

ワールド

トランプ米大統領、パウエルFRB議長の解任に再び言
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
メールアドレス

ご登録は会員規約に同意するものと見なします。

人気ランキング
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 7
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 8
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 9
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 10
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story